・・・だから私のいう人のためにするという意味は、一般の人の弱点嗜好に投ずると云う大きな意味で、小さい道徳――道徳は小さくありませぬが、まず事実の一部分に過ぎないのだから小さいと云っても差支ないでしょう。そう云う高尚ではあるが偏狭な意味で人のために・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・に妙に融通の利かない杓子定規のところができたり、また苦心して纏めた歌の法則も時には好い歌を殺す道具になるように、実地の生活の波濤をもぐって来ない学者の概括は中味の性質に頓着なくただ形式的に纏めたような弱点が出てくるのもやむをえない訳でありま・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・即ちその身の弱点にして、小児の一言、寸鉄腸を断つものなり。既にこの弱点あれば常にこれを防禦するの工風なかるべからず。その策如何というに、朝夕主人の言行を厳重正格にして、家人を視ること他人の如くし、妻妾児孫をして己れに事うること奴隷の主君にお・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・自分の弱点を恥じる心が、嫌われるだろうと思う疑懼に交って、とうとうわたくしをあの場から逃げさせてしまいました。わたくしは自分の恐ろしい運命を避けよう、どうしてもあなたにお目に掛かるまいと決心いたしました。わたくしは帽子を取って被って、女中に・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・そして日本の社会としての弱点は大変のろいテンポでしか克服されない。 婦人の実力がまだ低いから、社会的に経済的に、また政治的に平等であることは早すぎるという考え方は、ごく若い婦人の中にさえもある。私はそういう意見をもっている専門学校の女生・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・智能と資本とを縦横に駆使して、イギリスの良品高価に対する良品廉価生産・高賃銀低コストを目ざす科学主義工業という呼び名が、これらの人々によって、資本主義工業の弱点を補強したものとして提唱されつつあるのである。 大河内氏の著書は、鶏小舎を改・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・ 男性たちにしても、女が生きて来たと同じその歴史のうちで生長して来ているのだから、同じような感情のあいまいさや節度の不分明なところを弱点として持っているのは当然である。紛糾は女性が自分の感情の本質をはっきり知っていないことからひき起るば・・・ 宮本百合子 「異性の友情」
・・・それにドストイェフスキイには浪漫派らしい弱点がある。恐らく夏目先生の非難は当たっているのだろう。 けれどもドストイェフスキイの偉大な内生活は表現の上の欠点を消してしまう。カラマゾフ兄弟は我々の新しい聖書である。そこには「人間」の心がすみ・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
・・・愛の眼を以て見れば弱点に気づいてもそれを刺そうという気は起らないが、嘲りの眼を以て見れば弱点をピンで刺し留めるのが唯一の興味である。それ故人に対する時自分の心の面には常に弱所を突こうとする欲望があった。またすべての愛は自愛に帰納せられた。人・・・ 和辻哲郎 「自己の肯定と否定と」
・・・それぞれの時代はその弊害や弱点を持つとともにまたその時代固有の偉大さを持っている。江戸時代の文化の偉大な側面に対して色盲となりつつ、ただその矮小を嘆くということは、この文化に対する正しい態度とは言えない。お城はただその一例であるが、他になお・・・ 和辻哲郎 「城」
出典:青空文庫