ゴーシュは町の活動写真館でセロを弾く係りでした。けれどもあんまり上手でないという評判でした。上手でないどころではなく実は仲間の楽手のなかではいちばん下手でしたから、いつでも楽長にいじめられるのでした。 ひるすぎみんなは・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
・・・大学士はみかげのかけらを手にとりあげてつくづく見てパチッと向うの隅へ弾く。それから榾を一本くべた。その時はもうあけ方で大学士は背嚢から巻煙草を二包み出して榾のお礼に藁に置き背嚢をしょい小屋を出た。石切・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・ 気晴しにマンドリンを弾く。 左の第二指に出来た水ぶくれが痛んで音を出し辛い。 すぐやめて仕舞う。 西洋葵に水をやって、コスモスの咲き切ったのを少し切る。 花弁のかげに青虫がたかって居た。 気味が悪いから鶏に投げてや・・・ 宮本百合子 「秋風」
・・・ アインシュタインは、世界に卓越した現世紀の大科学者の一人であり、慰みに弾くヴァイオリンは聴く人の心を魅するそうだが、何年か前書いた感想の中に、忘られない文句があった。この科学者は「私は婦人が高度な知能活動に適するとは思わない」という意・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・手首を下げた弾きかたで弾くことを教った。そのうち或る晩、本郷切通しの右側にあった高野とか云う楽器店で、一台のピアノを見た。何台も茶色だの黒だののピアノがある間にはさまって立っていたそのピアノは父と一緒に店先で見たときはそれほどとも思わなかっ・・・ 宮本百合子 「きのうときょう」
・・・ 両手でピアノ弾くようにする タイプライターのことなり「本の宣伝に来たとは思いませんが、得手が分らないんでね」 三月十三日の雪 もう芽ぐんだ桜の枝やザクロの枝を押しつけて、柔い雪が厚くつもった。 床の間に・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
・・・「いいえね、随分重かったんです 〔以下、原稿用紙四枚分欠〕「貴方の手が私の琴を弾く時より奇麗に見えたからですよ、 羨しかったんです。 千世子は思いあがった様に笑った。「ああ私もう帰りましょう、・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・ 哀傷からゴーリキイはヴァイオリンを弾く稽古を思い立った。劇場のオーケストラの下っ端ヴァイオリンを弾いているその先生は、パン店の帳場から金を盗み出してポケットへ入れようとしているところを、ゴーリキイに発見された。彼は唇をふるわし、色のな・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの発展の特質」
・・・マリーナは、寝台の上で膝に肱をつきその手で頭を支えながら、陰気にマンドリンを弾くエーゴル・マクシモヴィッチを眺めていた。卓子は室の中央へ引出されて、上にパンや、腸詰、イクラを盛った皿が出ていた。底にぽっちり葡萄酒の入っている醤油の一升瓶がじ・・・ 宮本百合子 「街」
・・・三味線を弾く時などは個々の指の動く特別の手を使う。男の手は五本の指のパッと開く手、親指だけが離れて開く手など幾分種類が多い。しかし手そのものの構造や動きかたはきわめて単純である。それを生かせて使う力は人形使いの腕にある。足になると一層簡単で・・・ 和辻哲郎 「文楽座の人形芝居」
出典:青空文庫