・・・ あなたは犬殺しを御存じですか? それは恐ろしいやつですよ。坊ちゃん! わたしは助かりましたが、お隣の黒君は掴まりましたぜ。」 それでもお嬢さんや坊ちゃんは顔を見合せているばかりです。おまけに二人はしばらくすると、こんな妙なことさえ云い・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・ マティラム・ミスラ君と云えば、もう皆さんの中にも、御存じの方が少くないかも知れません。ミスラ君は永年印度の独立を計っているカルカッタ生れの愛国者で、同時にまたハッサン・カンという名高い婆羅門の秘法を学んだ、年の若い魔術の大家なのです。・・・ 芥川竜之介 「魔術」
・・・――神職様、小鮒、鰌に腹がくちい、貝も小蟹も欲しゅう思わんでございましゅから、白い浪の打ちかえす磯端を、八葉の蓮華に気取り、背後の屏風巌を、舟後光に真似て、円座して……翁様、御存じでございましょ。あれは――近郷での、かくれ里。めった、人の目・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・「あら、御存じない?……あなた、鴾先生のじゃありませんか。」「ええ、鴾君が、いつね、その絵を。」(いままだ、銀座裏で飲んでいよう、すました顔して、すくすくと銚子「つい近頃だと言いますよ。それも、わけがありましてね、私が今夜、・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ しかし、ただいま、席をお立ちになった御容子を見れば、その時まで何事も御存じではなかったのが分って、お心遣いの時間が五分たりとも少なかった、のみならず、お身体の一箇処にも紅い点も着かなかった事を、――実際、錠をおろした途端には、髪一条の・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・別荘番の貸してくれた鎌で、山がかりに出来た庭裏の、まあ、谷間で。御存じでもあろうが、あれは爪先で刺々を軽く圧えて、柄を手許へ引いて掻く。……不器用でも、これは書生の方がうまかった。令夫人は、駒下駄で圧えても転げるから、褄をすんなりと、白い足・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ と独りで極めて、もじつく女房を台所へ追立てながら、「織さん、鰯のぬただ、こりゃ御存じの通り、他国にはない味です。これえ、早くしなよ。」 ああ、しばらく。座にその鰯の臭気のない内、言わねばならぬ事がある……「あの、平さん。」・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・「茸だの、松露だのをちっとばかり取りたいのですが、霜こしなんぞは、どの辺にあるでしょう。御存じはありませんか。」「ほん、ほん。」 と黄饅頭を、点頭のままに動かして、「茸――松露――それなら探さねば爺にかて分らぬがいやい。おは・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・「手前、御存じの少々近視眼で。それへこう、霞が掛りました工合に、薄い綺麗な紙に包んで持っているのを、何か干菓子ででもあろうかと存じました処。」「茱萸だ。」と云って雑所は居直る。話がここへ運ぶのを待構えた体であった。「で、ござりま・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・それに御存じの通りの為体で、一向支度らしい支度もありませんし、おまけに私という厄介者まで附いているような始末で、正直なところ、今度のような話を取り逃した日には、滅多にもうそういう口はございませんからね……これはお光さんだけへの話ですけれど、・・・ 小栗風葉 「深川女房」
出典:青空文庫