・・・の原稿も、復員軍人の話も、酒場のマダムも、あの中に出て来る「私」もみんな虚構だと、くどくど説明したが、その大学教授は納得しないのである。私は業を煮やして、あの小説は嘘を書いただけでなく、どこまで小説の中で嘘がつけるかという、嘘の可能性を試し・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・今日 復員列車といおうか、買い出し列車といおうか、汽車は震災当時の避難列車を思わせるような混み方であった。 一本の足を一寸動かすだけでも、一日の配給量の半分のカロリーが消耗されるくらいの努力が要り、便所へも行けず、窓以外・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・…… そんな不義理をしていたのだが、しかし寒そうに顫えている横堀の哀れな復員姿を見ると、腹を立てる前に感覚的な同情が先立って、中へ入れたのだ。横堀の身なりを見た途端、もしかしたら浮浪者の仲間にはいって大阪駅あたりで野宿していたのではない・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ 小沢は外地から復員して、今夜やっと故郷の大阪へ帰って来たばかしだが、終戦後の都会や近郊の辻強盗の噂は、汽車の中できいて知っていた。「…………」 娘はだまって首を振った。「じゃ、どうしたんです……?」 娘はそれには答えず・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・それでも時たま、復員の青年などが、小説の話を聞かして下さい、などと言ってやって来る。「地方文化、という言葉がよく使われているようですが、あれは、先生、どういう事なんでしょうか。」「うむ。僕にもよくわからないのだがね。たとえば、いまこ・・・ 太宰治 「母」
・・・「この電車は、南方より復員の貸切電車であります。どなたも、おのりにならないように願います」 丁度目の前でドアが開いて、七分通り満員の車内の一部が見えた。リュックをかついで、カーキの服を着て、ぼんやりした表情の人々の顔が、こちらを向い・・・ 宮本百合子 「一刻」
・・・それから皆さんのお父さんも、徴用から解除され、或は復員になって家庭にお帰りになった方もあるでしょう。しかしまた決して二度と帰らないお父さんを持った方達も少くないでしょう。また帰っていらしても、戦争のために不具になって、娘としてまた妹としてそ・・・ 宮本百合子 「美しく豊な生活へ」
・・・ 被害者 犯罪に顛落する復員軍人が多いことについて、復員省は上奏文を出し「聖上深く御憂慮」という記事がある。亀山次官は「余りに冷酷な世間」と一般人民に責任がありそうな見出しの話しかたをしている。けれども、今日の・・・ 宮本百合子 「女の手帖」
・・・まだ復員して来ない留守を、女の手で支えている健気な婦人たちが、何万人あることでしょう。その方々は、どういう思いで、今日を送り迎え、自分の投票を考えていらっしゃるでしょう。 私たちは、今日の日本の立て直しと、自分たちの生活改善の実際の必要・・・ 宮本百合子 「幸福のために」
・・・ その時六、七名から十二名におよぶ女子供を銃殺した人達が復員しているという記事が問題となっていました。その中の一人である教員が、もしあの当時、“降伏”という言葉が日本にあったならば、ああいうことを誰がしたろうと語っていました。 日本・・・ 宮本百合子 「講和問題について」
出典:青空文庫