・・・男も女も、立てば、座ったものを下人と心得る、すなわち頤の下に人間はない気なのだそうである。 中にも、こども服のノーテイ少女、モダン仕立ノーテイ少年の、跋扈跳梁は夥多しい。…… おなじ少年が、しばらくの間に、一度は膝を跨ぎ、一度は脇腹・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・「煙草銭ぐらい心得るよ、煙草銭を。だからここまで下りて来て、草生の中を連戻してくれないか。またこの荒墓……」 と云いかけて、「その何だ。……上の寺の人だと、悪いんだが、まったく、これは荒れているね。卵塔場へ、深入りはしないからよ・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・――さて、聞きますれば、――伜の親友、兄弟同様の客じゃから、伜同様に心得る。……半年あまりも留守を守ってさみしく一人で居ることゆえ、嫁女や、そなたも、伜と思うて、つもる話もせいよ、と申して、身じまいをさせて、衣ものまで着かえさせ、寝る時は、・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・拵えた事を誇りと心得る方が当然である。ただ下手でしかも巧妙に拵えた作物は花袋君の御注意を待たずして駄目である。同時にいくら糊細工の臭味が少くても、すべての点において存在を認むるに足らぬ事実や実際の人間を書くのは、同等の程度において駄目である・・・ 夏目漱石 「田山花袋君に答う」
・・・世の中は広いものです、広い世の中に一本の木綿糸をわたして、傍目も触らず、その上を御叮嚀にあるいて、そうして、これが世界だと心得るのはすでに気の毒な話であります。ただ気の毒なだけなら本人さえ我慢すればそれですみますが、こう一本調子に行かれては・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・いながら知るべき名所を問わず、己が生れしその国を天地世界と心得るは、足を備えて歩行せざるが如し。ゆえに地理書を学ばざる者は、跛者に異ならず。第四、数学 指を屈して物の数を計るをはじめとし、天文・測量・地理・航海・器械製造・商・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・ここをなんと心得る。しずまれしずまれ。」 別当が、むちをひゅうぱちっと鳴らしました。山猫がひげをぴんとひねって言いました。「裁判ももうきょうで三日目だぞ。いい加減になかなおりをしたらどうだ。」「いえ、いえ、だめです。あたまのとが・・・ 宮沢賢治 「どんぐりと山猫」
・・・れば、 一、現今のように、何か異状な出来事の如く感ぜず冷静に、深い愛を以って、愛人達の生活のよき発展を助けること、相手がよいわるい、適不適と云うことは当事者達の生活経験によらなければ云えないことと心得ること。 二、どこまでも正直に。・・・ 宮本百合子 「子に愛人の出来た場合」
・・・その抜け道を誰も彼も心得るようになっては、小説の運命はそれまでだ。 この時勢を生きるための作家の心構えなど、いまの私には聰明ぶって説き立てる勇気はないが、私にはこう云う時勢の中で、作家にとって最も大切なものは、執拗な凝視であると強調した・・・ 宮本百合子 「作家に語りかける言葉」
・・・したがって「善きことをほめるは道理と思ひ、悪しきことをほめるは、我への馳走、時の挨拶と心得る」。しかるに、人によると、悪しきことをもほめる者を軽薄者として怒るのがある。これはばかである。一家中に、主君に直言するごとき家来は、五人か三人くらい・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫