・・・すき好んで、自分から地獄行きを志願する必要は無いと思うんだ。君のいまの気持くらい、僕だって知ってるさ。そりゃお前の百倍もそれ以上ものたくさんの女に惚れられたものだ。本当さ。しかし、いつでも地獄の思いだったなあ。わからねえんだ。女の気持が、わ・・・ 太宰治 「女類」
・・・ 私は、その三十歳の初夏、はじめて本気に、文筆生活を志願した。思えば、晩い志願であった。私は下宿の、何一つ道具らしい物の無い四畳半の部屋で、懸命に書いた。下宿の夕飯がお櫃に残れば、それでこっそり握りめしを作って置いて深夜の仕事の空腹に備・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・私は、巡礼志願の、それから後に恋したのではないのだ。わが胸のおもい、消したくて、消したくて、巡礼思いついたにすぎないのです。私の欲していたもの、全世界ではなかった。百年の名声でもなかった。タンポポの花一輪の信頼が欲しくて、チサの葉いちまいの・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・ことし大学を卒業してすぐに海軍へ志願する筈になっている松野君も、さすがに腐り切っているようであった。「茶の湯だなんて、とんでもない事をはじめるので、全くかなわねえや。」「いや、大丈夫だ。」私は、このふさぎ込んでいる大学生たちに勇気を与え・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・ そうれ、ごらん、心にやましきものがあるから、こっちを向けない、堕落してるな、さては、堕落したな、丙種になるのは当り前さ、丙種だなんて、貞子が世間に恥ずかしいわ、志願しなさいよ、可哀想に可哀想に、男と生れて兵隊さんになれないなんて、私だった・・・ 太宰治 「律子と貞子」
・・・その時も、末弟は、僕にやらせて下さい僕に、と先陣を志願した。まいどの事ではあり、兄姉たちは笑ってゆるした。このたびは、としのはじめの物語でもあり、大事をとって、原稿用紙にきちんと書いて順々に廻すことにした。締切は翌日の朝。めいめいが一日たっ・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・学位記というものは、云わば商売志願の若者が三年か五年の間ある商店で実務の習練を無事に勤め上げたという考査状と同等なものに過ぎない。学者の仕事は、それに終るのではなくて、実はそれから始まるのである。学位を取った日から勉強をやめてしまうような現・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・大循環志願者出発線、これより北極に至る八千九百ベェスター南極に至る八千七百ベェスターと書いてあるんだ。そのスタートに立って僕は待っていたねえ、向うの島の椰子の木は黒いくらい青く、教会の白壁は眼へしみる位白く光っているだろう。だんだんひるにな・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・あいつは隊をさがってからもとの大工にならないで巡査を志願したのです。」「そして巡査をやったんですか。」「それぁやりました。けれども間もなくやめたんです。」「どうしてやめたんだろうなあ、何でも隊に来る前は、大工でとにかく暮していたと云・・・ 宮沢賢治 「バキチの仕事」
・・・青年処女期壮年期老年期とまあ斯うでしょう、ところが実はこれは便宜上勝手に分類したので実は連続しているはっきりした堺はない、ですから、若し四十になる人が代議士に出るならば必ず生れたばかりの嬰児も代議士を志願してフロックコートを着て政見を発表し・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
出典:青空文庫