・・・其以下婦人の悪徳を並べ立てたる箇条は読んで字の如く悪徳ならざるはなし。心騒しく眼恐しく云々、如何にも上流の人間にあるまじき事にして、必ずしも女の道に違うのみならず、男の道にも背くものなり。心気粗暴、眼光恐ろしく、動もすれば人に向て怒を発し、・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・而して其不和争擾の衝に当る者は其時の未亡人即ち今日の内君にして、禍源は一男子の悪徳に由来すること明々白々なれば、苟も内を治むる内君にして夫の不行跡を制止すること能わざるは、自身固有の権利を放棄して其天職を空うする者なりと言わるゝも、弁解の辞・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・ 然しながら、社会の機構が生み出している複雑な利害の分裂、悪徳、悲惨、戦争の惨禍などを、農民の素朴な信仰心で根絶しうるものでもないし、又そのような現実生活を、あるとおりの社会の中で実現し得るものでもない。トルストイが、彼の全精力の卓抜さ・・・ 宮本百合子 「ジャンの物語」
・・・ミーダ 俺がこれまでに作った悪徳の環もあれが頂上だったかな。ヴィンダー ――兎に角仕事があれば存在も認められる。あの最中、俺達が他の神々を畏れさせた威勢はどうだ。善神どもは、意地が強いから、道ですれ違っても避けはしなかったが、二人で・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・ 人間の美徳も悪徳も社会的関係によるものであることを理解したのは、十九世紀の歴史的な勝利であった。更に、その現実社会に、極めて現実的に揉まれ、「観察する芸術家には事物が一番見よいに違いない場所」即ち社会の「下から、群集に混って困苦と苦闘・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・文学史上の一つの定説となっているバルザックの情熱の追求、――悪徳も亦情熱の権化として偉大なものたり得る――ことを描いたのも、人間と人間との間のエネルギーの最大の集中の形として、関係の中におかれたのであった。 そのように、バルザックは飽く・・・ 宮本百合子 「バルザックについてのノート」
・・・日本の民主化の課題の複雑さは、われわれの生活に封建的なものがどっさりこびりついていながら、同時的に資本主義の悪徳にわずらわされているという現実の状態にある。日本の民主主義の道には、この二重の投影がある。したがって、日本での人間性の解放を具体・・・ 宮本百合子 「真夏の夜の夢」
・・・正しく云えば英国人は、パリサイ的なのだ。悪徳の第一は、常に己れを正義とする信念にある。彼等は、“gone wrong”は認める。けれども、英国人たる者が生得権として敬虔、真実な徳義を持つと云う信条は決して否定しない。自分等は選ばれたる者で、・・・ 宮本百合子 「無題(四)」
・・・そこで猜忌の悪徳のためにほとんど傷心してしまった。 そこでかれはあらためて災難一条を語りだした。日ごとにその繰り言を長くし、日ごとに新たな証拠を加え、いよいよ熱心に弁解しますます厳粛な誓いを立てるようになった。誓いの文句などは人のいない・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・女の心のすみずみから虚偽と悪徳とを掘り出し、それを容赦のない解剖刀で切り開いて見せる。私は熱して、力を集注して、それをやっていた。傷ついた女の誇り心の反撥が私をますます刺激した。女が最後の武器として無感動を装うのを、さらに摘発し覆さなければ・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫