・・・のおそろしく高いカラスミを買わされ、しかも、キヌ子は惜しげも無くその一ハラのカラスミを全部、あっと思うまもなくざくざく切ってしまって汚いドンブリに山盛りにして、それに代用味の素をどっさり振りかけ、「召し上れ。味の素は、サーヴィスよ。気に・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・じょきり、じょきり、惜しげも無く切って、それから髪の毛を結び合せ、長い一本の綱を作りました。それは太陽のもとで最も美しい綱でした。窓の縁にその端を固く結えて、自分はその美しい金の綱を伝って、するする下へ降りて行きました。「ラプンツェル。・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・頭はむさ苦しく延び煤けているかと思うと、惜しげもなくクリクリに剃りこぼしたままを、日に当てても平気でいる。 着物は何処かの小使のお古らしい小倉の上衣に、渋色染の股引は囚徒のかと思われる。一体に無口らしいが通りがかりの漁師などが声をかけて・・・ 寺田寅彦 「嵐」
・・・そうして、その上にその平面の中のある特別な長方形の部分だけを切り抜いて、残る全部の大千世界を惜しげもなくむざむざと捨ててしまうのである。実に乱暴にぜいたくな目である。それだけに、なろう事ならその限られた長方形の中に、切り捨てた世界をもいっし・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・ 展覧会などで本職の画家のかいた絵を見ると、美しい草木や景色や建築物やが惜しげもなく材料に使われている。今の自分から見るとこれらの画家は実にうらやましい有福な身分だと思う。世の中に何がぜいたくだと言って、このような美しく貴重な自然を勝手・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・ しかし少なくも歴史的に見た時に従来の物理的科学ではいわゆる常識なるものは、論理的系統の整合のためには、惜しげなくとは言われないまでも、少なくもやむを得ず犠牲として棄却されあるいは改造されて来た。 太陽が動かないで地球が運行している・・・ 寺田寅彦 「相対性原理側面観」
・・・という口実で、惜しげもなく放棄されて来たのである。なるほど従来の再起的という言葉はいわゆるデテルミニスティックな意味での再起性を意味するものであるから、そういわれるのは一応はもっともらしいようであるが、しかし以上のいわゆる非再起的の場合でも・・・ 寺田寅彦 「日常身辺の物理的諸問題」
・・・芭蕉は白露と水光との饒舌を惜しげなく切り取って、そのかわりに姿の見えぬ時鳥の声を置き換えた。これは俳諧がカッティングの芸術であり、モンタージュの芸術であることを物語る手近な一例に過ぎない。 俳諧は截断の芸術であることは生花の芸術と同様で・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・一階二階と正面階段をゆっくりのぼってゆくと、何処にも人影はないのに燈火は廊下毎に明るく惜しげない光の波の端から端までを照らしている。祭の夜にひっ攫われたような荒っぽさと寥しさがホテルの建物じゅうに満ちているところを追々のぼって五階の廊下へ出・・・ 宮本百合子 「十四日祭の夜」
・・・彼女は比類のない婦人事務家としてフィールド銀行に持っていた地位を惜しげもなくすて、子供達を自分で見て行く決心をしたのです。彼女は、女性の理屈のない執着強さ、一つものを見始めると傍を見られない偏狭さを日頃から嫌っていました。彼女にとって職業を・・・ 宮本百合子 「「母の膝の上に」(紹介並短評)」
出典:青空文庫