・・・僕はどうもそう感じる。 そこで僕は武蔵野はまず雑司谷から起こって線を引いてみると、それから板橋の中仙道の西側を通って川越近傍まで達し、君の一編に示された入間郡を包んで円く甲武線の立川駅に来る。この範囲の間に所沢、田無などいう駅がどんなに・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・現在それが悲哀の表情であれば、自ら悲哀を感じる。これは他人の内生を共生すること、すなわち同情である。利他主義はこの同情という心理的事実にもとづくものである。人はいやしくも他人の願望を知れば、その実現を妨ぐる事情なき限り、自分の願望と等しく、・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・また彼のすべての消息を見て感じることはその礼の行きわたり方である。今日日蓮の徒の折伏にはこの礼の感じの欠けたるものが少なくない。日蓮の折伏はいかに猛烈なときでも、粗野ではなかったに相違ないことは充分に想像し得るのである。やさしき心情と、礼儀・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・僕は、トルストイや、ゴーゴリや、モリエールをよんで常に感じるのは、彼等は小説や戯曲を書くためにペンをとっていたのではない、ということである。彼等は、その時代の人間のため、生活のため、人生のために奮然としてペンをとっていたのである。彼等の思想・・・ 黒島伝治 「愛読した本と作家から」
・・・本隊を遠く離れると、離れる程、恐怖は強くなって、彼等は、もう、たゞ彼等だけだと感じるようになった。 北満の曠野は限りがなかった。茫漠たる前方にあたって一軒の家屋が見えた。地図を片手に、さぐり/\進んでいた深山軍曹は、もう、命じられた地点・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・その別に取立てて云うほどの何があるでも無い眼を見て、初めて夫がホントに帰って来たような気がし、そしてまた自分がこの人の家内であり、半身であると無意識的に感じると同時に、吾が身が夫の身のまわりに附いてまわって夫を扱い、衣類を着換えさせてやった・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・ 俺は初めての東京の秋の美しさを、来る日も来る日も赤い煉瓦と鉄棒の窓から見える高く澄みきった空に感じることが出来た。――北の国ではモウ雪まじりのビショ/\雨が降っている頃だ。――今までそうでもなかったのに、隣りの独房でさせているカタ、コ・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・どんな小さな地震をも感じる地震計という機械に表われた数は、合計千七百回以上に上っています。 二 災害の来た一日はちょうど二百十日の前日で、東京では早朝からはげしい風雨を見ましたが、十時ごろになると空も青々とはれて・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・生き甲斐を、身にしみて感じることが無くなった。強いて言えば、おれは、めしを食うとき以外は、生きていないのである。ここに言う『めし』とは、生活形態の抽象でもなければ、生活意慾の概念でもない。直接に、あの茶碗一ぱいのめしのことを指して言っている・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・けれども、全部に負けた、きれいに負けたと素直に自覚して、不思議にフレッシュな気配を身辺に感じることも、たまにはあった。人間はここからだな、そう漠然と思うのであるが、さて、さしあたっては、なんの手がかりもなかった。 このごろは、かれも流石・・・ 太宰治 「花燭」
出典:青空文庫