・・・どうか御慎み第一に、御他出なぞなさいませんよう。」と、こう云った。目付は、元来余り天文なぞに信を措いていない。が、日頃この男の予言は、主人が尊敬しているので、取あえず近習の者に話して、その旨を越中守の耳へ入れた。そこで、十五日に催す能狂言と・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・とかく人間と云う者は、何でも身のほどを忘れないように慎み深くするのが上分別です。一同 そうなさい。そうなさい。悪い事は云いはしません。王子 わたしは何でも、――何でも出来ると思ったのに、お前たちにも恥ずかしいああ、このまま消えてもし・・・ 芥川竜之介 「三つの宝」
・・・ その、もの静に、謹みたる状して俯向く、背のいと痩せたるが、取る年よりも長き月日の、旅のほど思わせつ。 よし、それとても朧気ながら、彼処なる本堂と、向って右の方に唐戸一枚隔てたる夫人堂の大なる御廚子の裡に、綾の几帳の蔭なりし、跪ける・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・――一座退って、女二人も、慎み深く、手をつかえて、ぬかずいた。 栗鼠が仰向けにひっくりかえった。 あの、チン、カラ、カラカラカラカラ、笛吹の手の雀は雀、杓子は、しゃ、しゃ、杓子と、す、す、す、擂粉木を、さしたり、引いたり、廻り踊・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ この騒ぎは――さあ、それから多日、四方、隣国、八方へ、大波を打ったろうが、――三年の間、かたい慎み―― だッてね、お京さんが、その女の事については、当分、口へ出してうわささえしなければ、また私にも、話さえさせなかったよ・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・して廻っていると、儲ける機会もないではなく、そしてまた何年かのちに、また新聞に二度目の秋山さんとの会合を書かれることを思えば、少しは……と思わぬこともなかったが、しかし、書かれると思えばかえって自分を慎みたい、不正なことはできないと思った。・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・但しここに良い生活というのは迷いや慎みや、あるいは罪がない生活という意味ではない。そういうものを持ちながらも正しい生活に達しようとして努力する生活をいうのである。一、よく自然と人生を観察すること。芸術は結局人生の相に対す・・・ 倉田百三 「芸術上の心得」
・・・また女は、羞恥を知り、慎みて宜しきに合う衣もて己を飾り、編みたる頭髪と金と真珠と価たかき衣もては飾らず、善き業をもて飾とせん事を。これ神を敬わんと公言する女に適える事なり。女は凡てのこと従順にして静かに道を学ぶべし。われ、女の、教うる事と、・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・男も女も、皆上品で慎み深く、典雅でおっとりとした様子をしていた。特に女性は美しく、淑やかな上にコケチッシュであった。店で買物をしている人たちも、往来で立話をしている人たちも、皆が行儀よく、諧調のとれた低い静かな声で話をしていた。それらの話や・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・第六多言にて慎みなく云々は去ると言う。此条漠然として取留なし。要するに婦人がおしゃべりなれば自然親類の附合も丸く行かずして家に風波を起すゆえに離縁せよとの趣意ならんなれども、多言寡言に一定の標準を定め難し。此の人に多言と聞えても彼の人には寡・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫