・・・坂田の将棋を見てくれという戦前の豪語も棋界をあっと驚かせた問題の九四歩突きも、脆い負け方をしてみれば、結局は子供だましになってしまった。坂田の棋士としての運命もこの時尽きてしまったかと思われた。私は坂田の胸中を想って暗然とした。同時に私はひ・・・ 織田作之助 「勝負師」
・・・が、戦前のの原稿すら発表出来なかったのだ。戦争はもう三年目であり、検閲のきびしさは前代未聞である。永年探しもとめてやっと手に入れた公判記録だが、もう時期を失していた。折角の材料も戦争が終るまで役立てることは出来ない。といってそれまで借りて置・・・ 織田作之助 「世相」
・・・聞いてみると、これもやはりアメリカの人たちの指導のおかげか、戦前、戦時中のあの野暮ったさは幾分消えて、なんと、なかなか賑やかなもので、突如として教会の鐘のごときものが鳴り出したり、琴の音が響いて来たり、また間断無く外国古典名曲のレコード、ど・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・尤も、大戦前のドイツのある化学工業会社などでは、常に数十人の学者を養って、それに全く気儘な研究をさせたという話である。五十人の研究の中でただの一つでも有利な結果が飛び出せば、それから得られる利益で、学者の五十人くらい一生飼い殺しにしても、な・・・ 寺田寅彦 「学問の自由」
・・・ 欧州大戦前におけるカイゼル・ウィルヘルムのドイツ帝国も対外方針の手首が少し堅すぎたように見受けられる。その結果が世界をあのような戦乱の過中に巻き込んだのではないかという気がする。ともかくもこれにもやはり手首の問題が関係していると言って・・・ 寺田寅彦 「「手首」の問題」
・・・ またこんどの大戦前に堀口大学氏の訳で出版されたマルグリット・オードウの「孤児マリー」という独特な小説があった。この小説の作家、マルグリットはパリのつつましい一人の裁縫師であった。裁縫工場に勤めて働いている裁縫女工ではなくて、個人から小・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・は、知られているとおり、十六歳の学問好きな、そして母から伝えられた根気よさと自立を愛する精神をもつ少女ジュヌヴィエヴが、第一次のヨーロッパ大戦前のフランスの中流生活の常套の中で、俗っぽく偽善的な父親が強いている「良俗」に反抗し、自分の独立と・・・ 宮本百合子 「結婚論の性格」
・・・ソヴェトはその播種面をヨーロッパ戦前の九五パーセントまで回復していたのに、前年より一億プードも少い麦を、而も強制買付けで辛うじて買い上げている。 この年ヨーロッパへ麦を輸出することが出来なかった。それどころか、アメリカから買い込んだメリ・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・し、サッカレーやディケンズのリアリスムがトルストイなどに作用したにしても、その結果あらわれたロシアの六〇年代の小説と評論は、それが本来の人生の問題につき入っていたからこそ世界精神につよい響をつたえた。戦前、ヴァレリーの「ドガに就て」を訳して・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・国民所得を戦前の百倍として、税は百二十六倍払わなければならず、経済安定本部の数字によれば、それでも去年十一月には、国民の家計は黒字になるはずだったそうです。黒字どころか、おしつまる年の瀬とともに、金のあるふところ、金のないふところの差別はま・・・ 宮本百合子 「今年こそは」
出典:青空文庫