・・・現に予が所蔵の古写本の如きは、流布本と内容を異にする個所が多少ある。 中でも同書の第三段は、悪魔の起源を論じた一章であるが、流布本のそれに比して、予の蔵本では内容が遥に多い。巴自身の目撃した悪魔の記事が、あの辛辣な弁難攻撃の間に態々引証・・・ 芥川竜之介 「るしへる」
・・・その著るしきは先年の展覧会に出品された広野健司氏所蔵の花卉の図の如き、これを今日の若い新らしい水彩画家の作と一緒に陳列しても裕に清新を争う事が出来る作である。 椿岳の画はかくの如く淵原があって、椿年門とはいえ好む処のものを広く究めて尽く・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・その頃はマダ右眼の失明がさしたる障碍を与えなかったらしいのは、例えば岩崎文庫所蔵の未刊藁本『禽鏡』の失明の翌年の天保五年秋と明記した自筆の識語を見ても解る。筆力が雄健で毫も窘渋の痕が見えないのは右眼の失明が何ら累をなさなかったのであろう。・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・兄の所蔵の「感情装飾」という川端康成氏の短篇集の扉には、夢川利一様、著者、と毛筆で書かれて在って、それは兄が、伊豆かどこかの温泉宿で川端さんと知り合いになり、そのとき川端さんから戴いた本だ、ということになっていたのですが、いま思えば、これも・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・どんなに東の横綱が、ほしかったろう。所蔵の童話の本、全部を投げ打っても、その東の横綱と交換したいと思っていたにちがいない。東の横綱は、どこのメンコ屋にも無かった。友だちみんなに聞いてまわっても無かった。そのとき、君が、盗んじゃった。君はその・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・あるいは昔の所蔵者が有名な人であった場合にはその人に関する聯想が骨董的の価値を高める事もある。あるいはまた単にその物が古いために現今稀有である、類品が少ないという考えに伴う愛着の念が主要な点になる事もある。この趣味に附帯して生ずる不純な趣味・・・ 寺田寅彦 「科学上の骨董趣味と温故知新」
・・・これは物理教室所蔵の教授用標本としての楽器であったのである。それから自分は、全く子供のように急にこの珍しい楽器のおもちゃがほしくなったものである。そうして月々十一円ずつ郷里からもらっている学費のうちからひどい工面をして定価九円のヴァイオリン・・・ 寺田寅彦 「田丸先生の追憶」
・・・によって、幾分自性寺の所蔵品に対する考えの変ったのが第二。「先刻地図を見たら、南を廻って長崎まで行くのも、小倉の方から行くのも大して違わないらしい。――折角来たんだから、どう? 一廻りしちゃおうじゃあないか」それこそ素敵だ! Yは、卓越した・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・ 芥川氏の所蔵に香以の父竜池が鎌倉、江の島、神奈川を歴遊した紀行一巻がある。上木し得るまでに浄写した美麗な巻で、一勇斎国芳の門人国友の挿画数十枚が入っている。 この游は安政二年乙卯四月六日に家を発し、五日間の旅をして帰ったものである・・・ 森鴎外 「細木香以」
出典:青空文庫