・・・その誘惑を意識しつつ、しかもその誘惑に抵抗しない、たとえば中途まで送って来た妓と、「何事かひそひそ囁き交したる後」莫迦莫迦しさをも承知した上、「わざと取ってつけたように高く左様なら」と云い合いて、別れ別れに一方は大路へ、一方は小路へ、姿を下・・・ 芥川竜之介 「久米正雄」
・・・ すると、まだその点検がすまない中に、老紳士はつと立上って、車の動揺に抵抗しながら、大股に本間さんの前へ歩みよった。そうしてそのテエブルの向うへ、無造作に腰を下すと、壮年のような大きな声を出して、「やあ失敬」と声をかけた。 本間さん・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・自然に抵抗し切れない失望の声が、黙りこくった農夫の姿から叫ばれた。 一刻の暇もない農繁の真最中に馬市が市街地に立った。普段ならば人々は見向きもしないのだが、畑作をなげてしまった農夫らは、捨鉢な気分になって、馬の売買にでも多少の儲を見よう・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・彼に見られる度に、私は反抗心が刺戟される様な、それで居て如何にも抵抗の出来ない様な、一種の圧迫を感じて、厭な気になるが、其の眼には確かに強く人を牽きつける力を籠めて居る。「豹の眼だ」と此の時も思ったのである。 私が向き直ると、ヤコフ・イ・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・ クララは半分気を失いながらもこの恐ろしい魔術のような力に抵抗しようとした。破滅が眼の前に迫った。深淵が脚の下に開けた。そう思って彼女は何とかせねばならぬと悶えながらも何んにもしないでいた。慌て戦く心は潮のように荒れ狂いながら青年の方に・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ 馬鹿にしないもんだ、と抵抗面は可かったが、「解った事を、草の中に居るでないかね……」 はたして、言う事がこれである。「そうじゃろう、草の中でのうて、そんなものが居るものか。ああ、何んと云う、どんな虫じゃい。」「あれ、虫・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・少年は抵抗することもできなく、またほかを歩いて、どうしようという考えも起こらず、そのまましおしおと宿にもどってきました。 その日の暮れ方になると、外へ出歩いていた乞食らがみんなもどってきました。あばた面は、たいそう不機嫌な顔つきをして帰・・・ 小川未明 「石をのせた車」
・・・シネマと、ラヂオのごとき、一地域もしくは、局部の生活に抵抗せず、超国土的に、一般の大衆に訴へんとするものが、それである。これ等の統一的な芸術にあっては、はじめより、大衆に共通する趣味、興味、感情、思想等を標準とし、普遍性を指標とするを特色と・・・ 小川未明 「純情主義を想う」
・・・それは、ありが薬に抵抗力の強いばかりでなく、全く、薬を使用しきれぬ程の多数群であるのと、人間でも及ばぬ、堅ろうな組織を有するからでした。 たま/\、学校へ出られる途すがら立寄られた横山博士に、何か、ありを退治する良い薬はないものです・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・しかし、抵抗する元気もないかのようだった。二日酔いで頭があばれとると、蒲団にくるまってうんうん唸っている柳吉の顔をピシャリと撲って、何となく外へ出た。千日前の愛進館で京山小円の浪花節を聴いたが、一人では面白いとも思えず、出ると、この二三日飯・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
出典:青空文庫