・・・ややしばらく押し問答をした後、ともかくも牧野の云う通り一応は家へ帰る事に、やっと話が片附いたんだ。が、いよいよ帰るとなっても、野次馬は容易に退くもんじゃない。お蓮もまたどうかすると、弥勒寺橋の方へ引っ返そうとする。それを宥めたり賺したりしな・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・ 何度もこういう押問答を繰返した後で、とうとう私はその友人の言葉通り、テエブルの上の金貨を元手に、どうしても骨牌を闘わせなければならない羽目に立ち至りました。勿論友人たちは皆大喜びで、すぐにトランプを一組取り寄せると、部屋の片隅にある骨・・・ 芥川竜之介 「魔術」
・・・と何か、私に対して、値の押問答をするのが極が悪くもあったらしい口振で。……「失礼だが、世帯の足になりますか。」ときくと、そのつもりではあったけれど、まるで足りない。煩っていなさる母さんの本復を祈って願掛けする、「お稲荷様のお賽銭に。」と、少・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・僕は民さんがそう云いなさいと云う。押問答をしている内に、母はききつけて笑いながら、「民やは町場者だから、股引佩くのは極りが悪いかい。私はまたお前が柔かい手足へ、茨や薄で傷をつけるが可哀相だから、そう云ったんだが、いやだと云うならお前のす・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ お千代と省作との間に待ったとか待たないとかいう罪のない押し問答がしばらく繰り返される。身を傾けるほどの思いはかえって口にも出さず、そんな埒もなき事をいうて時間を送る、恋はどこまでももどかしく心に任せぬものである。三人はここで握り飯の弁・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・登勢の顔をにらんだので、驚いて見なかった旨ありていに言うと、五十吉はいや見たといってきかず、二、三度押し問答の末、見たか見ぬか、開けてみりゃ判ると、五十吉が風呂敷包みを開けたとたん、出てきた人形が口をあいて、見たな、といきなり不気味な声で叫・・・ 織田作之助 「螢」
・・・とむしろ開き直り、二三度押問答のあげく、結局お辰はいい負けて、素手では帰せぬ羽目になり、五十銭か一円だけ身を切られる想いで渡さねばならなかった。それでも、一度だけだが、板の間のことをその場で指摘されると、何ともいい訳けのない困り方でいきなり・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・こは世にありがちの押し問答なれどわれら母子の間にてかかる類の事の言葉にのぼりしは例なきことなりける。されど母上はなお貴嬢が情けの変わりゆきし順序をわれに問いたまいたれど、われいかでこの深き秘密を語りつくし得ん、ただ浅き知恵、弱き意志、順なる・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・健二は暫らく杜氏と押問答をしたが、結局杜氏の云うがまゝになって、男部屋へ引き下った。そこでふだん着や、襦袢や足袋など散らかっているものを集めて、信玄袋に入れ、帰る仕度をした。「おや、君も暇が出たんか?」宇一が手を拭き乍ら這入って来た。・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・すると私の眼の前で車掌が乗客の一人と何かしら押問答を始めた。切符の鋏穴がちがっているというのである。 この乗客は三十前後の色の白い立派な男である。パナマらしい帽子にアルパカの上衣を着て細身のステッキをさげている。小さな声で穏やかに何か云・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫