・・・「まあま、お光さん、とにかく一つ考えさせてもらわなけりゃ……何しろまだ家もねえような始末だから、女房を貰うにしても、さしあたり寝さすところから拵えてかからねえじゃならねえんだからね」 三「実は、この間うちからどう・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・手桶の担ぎ竿とか、鍋敷板とかいうものは自分の手で拵えた。大工に家を手入れをさせる時も、粗壁に古新聞を張る時も、従妹を伴れては老父が出かけて行った。そしてそういう費用のすべては、耕吉の収入を当てに、「Gの通」といったような帳面を拵えてつけてお・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・私はもうこの間拵えていただいた友禅もあの金簪も、帯も指環も何もいりませぬ。皆そッくり奥村さんにお上げなさいまし。この間仕立てろとおっしゃって、そのままにして家へ置いて来た父様のお羽織なんぞは、わざと裁ち損って疵だらけにして上げるからいいわ。・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・自分でも偽せ札を拵えた覚えはなかった。そういうあやしい者から五円札を受取った記憶もなかった。けれども、物をはねとばさぬばかりのひどい見幕でやって来る憲兵を見ると、自分が罪人になったような動揺を感ぜずにはいられなかった。 憲兵伍長は、腹立・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・そうして拵えると竹が熟した時に養いが十分でないから軽い竹になるのです。」「それはお前俺も知っているが、うきすの竹はそれだから萎びたようになって面白くない顔つきをしているじゃないか。これはそうじゃない。どういうことをして出来たのだろう、自・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・しかし肉はいつの間にか皮の下で消え失せてしまって、その上の皮ががっしりした顴骨と腮との周囲に厚い襞を拵えて垂れている。老人は隠しの中の貨幣を勘定しながら、絶えず唇を動かして独言を言って、青い目であちこちを見て、折々手を隠しから出さずに肘を前・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・今度のは大きさも鼬ぐらいしかないし、顔も少し趣を変えるように注文したのであろうけれど、「なんぼどのような狐を拵えてきたところで、お孝ちゃんの顔が元のままじゃどうしてもだめでがんすわいの。へへへへへ」と、初やは、やっと廻りくどい話を切って・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・僕等は袋を母親に拵えて貰って、よく出懸けて行っては、それを取って来たものだ。其頃は屹度空が深い碧で、沼には蘆の新芽が風に吹かれて、対岸の丘には躑躅が赤く咲いて居た。 初夏の空の碧! それに、欅の若芽の黄に近い色が捺すように印せられている・・・ 田山花袋 「新茶のかおり」
・・・上等のオランダ麻で拵えた、いい襟であった。オランダと云うだけは確かには分からないが、番頭は確かにそう云った。ベルリンへ来てからは、廉いので一度に二ダズン買った。あの日の事はまだよく覚えている。朝応用美術品陳列館へ行った。それから水族館へ行っ・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・異郷の空に語る者もない淋しさ佗しさから気まぐれに拵えた家庭に憂き雲が立って心が騒ぐのだろう。こんな時にはかたくななジュセッポの心も、海を越えて遥かなイタリアの彼方、オレンジの花咲く野に通うて羇旅の思いが動くのだろうと思いやった事もある。細君・・・ 寺田寅彦 「イタリア人」
出典:青空文庫