・・・というのが鴎外の持論であった。「牛や象を見たまえ、皆菜食党だ。体格からいったら獅子や虎よりも優秀だ。肉食でなければ営養が取れないナゾというのは愚論だよ。」 が、鴎外は非麦飯主義で、消化がイイという事は衛養分が少ないという事だという理・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・熱っぽいお君の臭いにむせながら、日ごろの持論にしがみついた。しかし、三度目にお君が来たとき、「本に間違いないか今ちょっと調べてみるよってな。そこで待っとりや」 と、座蒲団をすすめておいて、写本をひらき、「あと見送りて政岡が……」・・・ 織田作之助 「雨」
・・・頼りになるのは、結局自分自身だけだ――というのが、豹吉の持論だった。「おい、八重ちゃん……」 と、豹吉は店の女の子を呼んで「――この子供らに、メニューにあるだけのもン、何でも食わせてやってくれ」 どうやら靴磨きの少年達に御馳走す・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・ 彼はすべての芸術も、芸術家も、現代にあっては根本の経済という観念の自覚の上に立たない以上、亡びるという持論から、私に長い説法をした。「君は何か芸術家というものを、何か特種な、経済なんてものの支配を超越した特別な世界のもののように考・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・これ程費用が少くて快楽の多いものはなかろう、とは持論である。その日も例のように錦町から小川町の通りへ出た。そこここと尋ねあぐんで、やがてぶらぶら裏神保町まで歩いて行くと、軒を並べた本屋町が彼の眼前に展けた。あらゆる種類の書籍が客の眼を引くよ・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・我が輩の持論は、今の帝室費をはなはだ不十分なるものと思い、大いにこれを増すか、または帝室御有の不動産にても定められたきとのことは、毎度陳述するところにして、もしも幸にして我が輩の意見の如くなることもあらば、私学校の保護の如き、全国わずかに幾・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・ 小学校の教育は、いつにても廃学のときに、幾分か生徒の身に実の利益をつけて、生涯の宝物となすべきこと、余輩の持論なり。ゆえに人民の貧富、生徒の才・不才に応じて、国中の学校も二種に分れざるをえず。すなわち一は普通の人民に日用の事を教うる場・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・我輩の持論は其再縁を主張する者なれども、日本社会の風潮甚だ冷淡にして、学者間にも再縁論を論ずる者少なきのみか、寡居を以て恰も婦人の美徳と認め、貞婦二夫に見えずなど根拠もなき愚説を喋々して、却て再縁を妨ぐるの風あるこそ遺憾なれ。古人の言う二夫・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・元来墓地には制限を置かねばならぬというのが我輩の持論だが、今日のように人口が繁殖して来る際に墓地の如き不生産的地所が殖えるというのは厄介極まる話だ。何も墓地を広くしないからッて死者に対する礼を欠くという訳はない。華族が一人死ぬると長屋の十軒・・・ 正岡子規 「墓」
・・・自分が飼ったら、注意深く放任して、決していやにこまちゃくれた芸は仕込むまいと云う私の持論を喋ることもあった。人間が人間らしくないのは辛いように、犬も犬でなくなるのは悲しかろう。私は、下町の心に自然な暢やかさがない者達が、いじらしい程怜悧な犬・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
出典:青空文庫