・・・余は毎月刊行の雑誌に掲載される凡ての小説とはいわないつもりであるが、その大部分、即ち或る水平以上に達したる作物に対してはこの保護金なり奨励金なりを平等に割り宛て、当分原稿料の不足を補うようにしたら可かろうと思う。固より各人に割り宛てれば僅か・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
・・・妙な比較をするようだけれども近来日本の雑誌に出る創作物の価値は、英国の通俗雑誌に掲載せられる短篇ものよりも、ずっと程度の高いものと自分は信じている。だから日本の文壇は前途多望、大いに楽観すべき現象に充ちていると思います。 そこで今云った・・・ 夏目漱石 「文壇の趨勢」
・・・新女大学終左の一篇の記事は、女大学評論並に新女大学を時事新報に掲載中、福沢先生の親しく物語られたる次第を、本年四月十四日の新報に記したるものなり。本著発表の由縁を知るに足るべきを以て茲に附記することゝせり。 ・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・そしてバタ生産に関する農村通信員の面白い批判が掲載されている。バタ工場の支配人を代えろ!バタ工場上ナザロフスキーの支配人ゴルデーエフは生産に従事することを欲していない。工場は無管理状態に君臨されている。工場が燃料に欠乏を感じ・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・ 二日経って広告が掲載されると其朝、さほ子は、間誤付をかくした真面目な顔付で、一人の娘を食事部屋に案内した。 広告を見て来た其娘は、二十前後で、細そりした体つきをしていた。念を入れた化粧をし、メリンス友禅の羽織を着、物を云うとき心持・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・が、『読売新聞』に掲載された。この作品で、はじめて野上彌生子という作家も知ったのであった。 メレジェコフスキーの「トルストイとドストイェフスキー」などを、自分なりの理解で熱中してよみ、長い昼休みの時間、そういう本をもって、本校と云われた・・・ 宮本百合子 「女の学校」
・・・ ホトトギスに、その小説は掲載されたのであったでしょう。発信というところに、八重子とあるから、そういう点では責任をはっきりさせる性質であった漱石は、その日のうちに返事や原稿の所置について手紙を書いたものと思われます。 この「鳩公の話・・・ 宮本百合子 「含蓄ある歳月」
・・・ 婦人部の機関紙『労働婦人と農婦』に掲載される読物の多くは、女流作家によって書かれたものだ。『若い親衛軍』『赤い処女地』などという雑誌に、或る工場内の文学研究会から推薦された労働者の小さい作品が発表されることもある。 いきなりそ・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・九日の日本プロレタリア文化連盟拡大中央協議会は、開会、即時解散をくったが、文化団体として前例のない勇敢なデモが敢行され、新聞はトップ四段抜きでその報道をのせ、築地小劇場の会場が混乱に陥った瞬間の写真が掲載されている。警視庁特高係山口、明大生・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・談として、わが国にも新武器として殺人光線が完成されようとしていたこと、その威力は三千メートルにまで達することが出来たが、発明者の一青年は敗戦の報を聞くと同時に、口惜しさのあまり発狂死亡したという短文が掲載されていた。疑いもなく栖方のことだと・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫