「伸子」は一九二四年より一九二六年の間に執筆され、六七十枚から百枚ぐらいずつに章をくぎって、それぞれの題のもとに二三ヵ月おきに雑誌『改造』に発表された。たとえば、第一の部分「揺れる樹々」につづいて「聴きわけられぬ跫音」そのほ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第六巻)」
・・・ 新らしい私の部屋新らしい六畳の小部屋わたしの部屋正面には清らかな硝子の出窓をこえて初春の陽に揺れる松の梢や、小さな鑓飾りをつけた赤屋根の斜面が見える。左手には、一間の廊下。朝日をうけ、軽らかな・・・ 宮本百合子 「海辺小曲(一九二三年二月――)」
・・・ それは普通の出目金で、真黒なのが、自分の黒さに間誤付いたように間を元気に動き廻っている。揺れる水面にさす青葉のかげ、桃龍の袂の色が、早い夏のようだ。 彼等は円山の奥まで歩き、亭に休んだ。亭のある高みの下を智恩院へゆく道が続いていた・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・ *あわれな、わが、こころ、歓びに躍り悲しみに打しおれいつも揺れる、波の小舟。高く耀き 照る日のように崇高にどうしていつもなれないだろう。あまりの大望なのでしょうか?神様。 ・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・ふさふさした葉が揺れるだけだ。音もしない。日本女はもう二時間そうやって寝ている。 猫はとうとうテーブルへとびあがった。これは日本女を不安にした。鉢植えの植物には薄青い芽が萌えたばかりである。そのみずみずしいのを猫は食いたいんだ、きっと。・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・ ああ、あの高貴そうな金唐草の頸長瓶に湛えられている、とろりとした金色の液を見よ。揺れると音が立ち、日が直射すると虹さえ浮き立ちそうな色だ。 彼方の清らかな棚におさまっている瀟洒な平瓶。薄みどりの優雅な花汁。 東洋趣味と鋭い西洋・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・ ひどく揺れる自動車にのったり、馬にのったり、水浴びをしたり馴れない労働をしてはいけない! いい加減な手当をしてはいけない! きっちりと丁字帯をあてなさい! 昔の人や、未開な国では女の子に月経があるようになると、もう大人になった・・・ 宮本百合子 「ソヴェト映画物語」
・・・そして車の中の一人の女はしかと両側を握って身体の揺れるのを防いでいる。 ゴーデルヴィルの市場は人畜入り乱れて大雑踏をきわめている。この群集の海の表面に現われ見えるのは牛の角と豪農の高帽と婦人の帽の飾りである。喚ぶ声、叫ぶ声、軋る声、相応・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・ すると、妻は嬉しさに揺れるような微笑を浮べて彼にいった。「あたし、あなたに、抱いてもらったのね、もうこれで、あたし、安心だわ。」「俺もこれで安心した。さア、もう眠るといい。お前は夕べから、ちっとも眠っていないじゃないか。」・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・松の枝は幹から横に出ていて、強い弾力をもって上下左右に揺れるのであるが、欅の枝は幹に添うて上向きに出ているので、梢の方へ行くと、どれが幹、どれが枝とは言えないようなふうに、つまり箒のような形に枝が分かれていることになる。欅であるから弾力はや・・・ 和辻哲郎 「松風の音」
出典:青空文庫