・・・私の心にもなき驕慢の擬態もまた、射手への便宜を思っての振舞いであろう。自棄の心からではない。私を葬り去ることは、すなわち、建設への一歩である。この私の誠実をさえ疑う者は、人間でない。私は、つねに、真実を語った。その結果、人々は、私を非常識と・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・それも女の擬態かね?」歴史的は、流石に聡明な笑顔であった。「この部屋へ来る足音じゃないよ。まあ、いいからそんな見っともない真似はよしなさい。ゆっくり話そうじゃないか。」自分でも、きちんと坐り直してそう言った。痩せて小柄な男であったが、鉄縁の・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・気魄ということは芸術の擬態、くわせものにまでつかわれるものであるが、これらの場合の進退には、そういう古典的意味での伝統さえ活かされていないのはどういうのであろう。 六月某日。 オペラの「蝶々夫人」を今日の日本人が見て、非現実的に感じ・・・ 宮本百合子 「雨の小やみ」
・・・ 結婚はしたくないが子供は欲しい、という風な一見激烈そうな女性の抗議の擬態と、子供を持つために結婚はするものだ、という一見堅実そうな昔ながらの態度とが、その実は背中合わせにくっついていて、どちらも私たち人間の生の意味は一歩から一歩へと成・・・ 宮本百合子 「結婚論の性格」
・・・しかも一層華美な、或いは知的めいた擬態をもって、権力と金力とはそれらの人々を通じて、威力をふるいつつある、という正常でない客観的事情についての、正直な認識である。その現実の認識に向って青春のヒューマニティーが対決させられるとき、そこに湧く思・・・ 宮本百合子 「日本の青春」
・・・そして、様々の文学現象が次々と現われて来るに跟いて動いて、そのような現象のおこる動機をひとしなみに社会的・文学的必然として尊重し、結果としては現実に対する自己欺瞞の意識や擬態を正当化するようになった。作家と読者との相関のいきさつのなかに文学・・・ 宮本百合子 「文学精神と批判精神」
出典:青空文庫