・・・が、その日の書生は風采態度が一と癖あり気な上に、キビキビした歯切れのイイ江戸弁で率直に言放すのがタダ者ならず見えたので、イツモは十日も二十日も捨置くのを、何となく気に掛ってその晩、ドウセ物にはなるまいと内心馬鹿にしながらも二、三枚めくると、・・・ 内田魯庵 「露伴の出世咄」
・・・「宇平ドンにゃ、今、宇一がそこの小屋へ来とるが、よその豚と間違うせに放すまい、云いよるが……。」と、親爺は云った。 健二は老いて萎びた父の方を見た。残飯桶が重そうだった。「宇一は、だいぶ方々へ放さんように云うてまわりよるらしい。・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・そして、これからは次々と出くる屁を、一々丁寧に力をこめて高々と放すことにした。それは彼奴等に対して、この上もないブベツ弾になるのだ。殊にコンクリートの壁はそれを又一層高々と響きかえらした。 しばらく経ってから気付いたことだが、早くから来・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・みると薄暮の中庭で、女房と店の主人が並んで立って、今しも女房が主人に教えられ、最初の一発を的に向ってぶっ放すところであった。女房の拳銃は火を放った。けれども弾丸は、三歩程前の地面に当り、はじかれて、窓に当った。窓ガラスはがらがらと鳴ってこわ・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・また、ちょっと糸をゆるめる。すると、私は、はっと気を取り直す。また、ぐっと引く。とろとろ眠る。また、ちょっと糸を放す。そんなことを三度か、四度くりかえして、それから、はじめて、ぐうっと大きく引いて、こんどは朝まで。 おやすみなさい。私は・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・僕は彼の手を放すまいとする。手を引き合った儘、二人は縁から落ちた。 落ちる時手を放して、僕は左を下に倒れて、左の手の甲を花崗岩で擦りむいた。立ち上がって見ると、彼は僕の前に立っている。 僕には此時始めて攻勢を取ろうという考が出た。併・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・あちら、こちらを見渡し、むかしの商売仲間が若い芸妓などを連れて現れると、たちまち大声で呼び掛け、放すものでない。無理矢理、自分のボックスに坐らせて、ゆるゆると厭味を言い出す。これが、怺えられぬ楽しみである。家へ帰る時には、必ず、誰かに僅かな・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・ピストルも一発だけ申し訳にぶっ放すが結果は街燈を一つシャボン玉のようにこわすだけである。この映画の中に現われている限りの出来事と達引とはおそらくパリという都ができて以来今日に至るまでほとんど毎日のようにどこかの裏町どこかの路地で行なわれてい・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・これらの映画を見ることはすなわち観客みずから踊り歌い、放縦な高速度恋愛をし、やたらにピストルをぶっ放すことなのである。酒の自由に飲めない彼らは、かかる映画の上に自分を投射して、そこに酌みかわされる美禄に酔うのである。これらの点でこれらの映画・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・三毛が放すと同時に向き直ってすわったまま短いしっぽの先で空中に∞の字をかきながら三毛のかかって来るのを待ち受けていた。どうかするとちびは箪笥と襖の間にはいって行く、三毛は自分ではいれないから気違いのようになって前足をさし込んで騒ぐ。その間に・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
出典:青空文庫