・・・ 日本の映画は、そんな敗者の心を目標にして作られているのではないかとさえ思われる。野望を捨てよ。小さい、つつましい家庭にこそ仕合せがありますよ。お金持ちには、お金持ちの暗い不幸があるのです。あきらめなさい。と教えている。世の敗者たるもの・・・ 太宰治 「弱者の糧」
・・・ても、遠方から福音の訪れ来る気配はさらに無く、毎日毎日、忍び難い侮辱ばかり受けて、大勇猛心を起して郷試に応じても無慙の失敗をするし、この世には鉄面皮の悪人ばかり栄えて、乃公の如き気の弱い貧書生は永遠の敗者として嘲笑せられるだけのものか。女房・・・ 太宰治 「竹青」
・・・ 君について、うんざりしていることは、もう一つある。それは芥川の苦悩がまるで解っていないことである。 日蔭者の苦悶。 弱さ。 聖書。 生活の恐怖。 敗者の祈り。 君たちには何も解らず、それの解らぬ自分を、自慢にさ・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・私は永遠に敗者なのかも知れない。「いくつになっても、同じだね。自分では、ずいぶん努力しているつもりなのだけれど。」歩きながら、思わず愚痴が出た。「文学って、こんなものかしら。どうも僕は、いけないようだね。こんな、なりをして歩いて。」・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・しかし時の敗者たる知盛の幽霊に対して、子供心にもひどく同情というかなんというかわからない感情をいだいたものと見えて、そういう心持ちが今でもちゃんと残留しているのである。 芝居茶屋というものの光景の記憶がかすかに残っている、それを考えると・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・生あるものは総てかく低唱しつつ厚き帳のかなた身じろぐ夜の精を見んと行手すかしつつさぐり見るなり無限の闇の広き宙には乾坤の敗者の歎きと勝者の鬨の声と石棺の底より過去を叫ぶ亡霊のうごめき奇しき形に其の音波・・・ 宮本百合子 「夜」
出典:青空文庫