・・・範画教材として描いた笹の墨絵を見ながら、入営のこと、文学のこと、花籠のこと等、漠然と考えはじめた。××県地図と笹の絵が、白い宿直室の壁に、何かさむざむとへばりついているのが、自分を暗示しているような気がしてならない。こんな気分の時には、きま・・・ 太宰治 「新郎」
・・・いつも同じ教材ゆえ、たいてい諳誦して居ります。お酒を呑めば血が出るし、この薬でもなかった日には、ぼくは、とうの昔に自殺している。でしょう? 私、答えて、うむ、わが論つたなくとも楯半面の真理。 このように巧い結末を告げるときもあれば、・・・ 太宰治 「創生記」
・・・大抵の場合に教師は必要な事項はよく理解もし、また教材として自由にこなすだけの力はある。しかしそれを面白くする力がない。これがほとんどいつでも禍の源になるのである。先生が退屈の呼吸を吹きかけた日には生徒は窒息してしまう。教える能力というのは面・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・先生方はそうして得らるる時間の余裕を利用して色々な教材の映画シナリオの共同編纂に従事することになるであろう。それらの試作映画を文部省かどこかで検定し、優秀なものは全国に配布することも出来るであろう。これは夢のような話ではあるが、しかし実現の・・・ 寺田寅彦 「教育映画について」
・・・ 一本の稲の穂を教材とするのでも、一生懸命骨を折って三日も四日も徹夜して教程をこしらえてかかるからかえっていけないではないかと思う。不用意に取って来た一草一木を机上に置いて一時間のあいだ無言で児童といっしょにひねくり回したり虫めがねで見・・・ 寺田寅彦 「さるかに合戦と桃太郎」
・・・英独仏などの科学国の普通教育の教材にはそんなものはないと云う人があるかもしれないが、それは彼地には大地震大津浪が稀なためである。熱帯の住民が裸体で暮しているからと云って寒い国の人がその真似をする謂われはないのである。それで日本のような、世界・・・ 寺田寅彦 「津浪と人間」
・・・主に口授を筆記するのであったが、たまたま何かの教材の参考資料として、英国製で綺麗な彩色絵の上に仮漆を引いた掛図を持出し、その中のある図について説明をした。その図以外に色々珍しい何だか分からないものの絵が沢山あってそれが吾々の強い好奇心を刺戟・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・ そうなるためには、留置場や、監房は立派な教材に満ちていた。間違って捕っても、彼の入る所は、云わば彼の家であった。そこには多くの知り合いがいた。白日の下には、彼を知るものは悉くが、敵であった。が、帰って行けば、「ふん、そいつはまずか・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
出典:青空文庫