・・・ 火の粉かと見ると、こはいかに、大粒な雨が、一粒ずつ、粗く、疎に、巨石の面にかかって、ぱッと鼓草の花の散るように濡れたと思うと、松の梢を虚空から、ひらひらと降って、胸を掠めて、ひらりと金色に飜って落ちたのは鮒である。「火事じゃあねえ・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・顔はかくれて、両手は十ウの爪紅は、世に散る卍の白い痙攣を起した、お雪は乳首を噛切ったのである。 一昨年の事である。この子は、母の乳が、肉と血を与えた。いま一樹の手に、ふっくりと、且つ健かに育っている。 不思議に、一人だけ生・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ ワッと怯えて、小児たちの逃散る中を、団栗の転がるように杢若は黒くなって、凧の影をどこまでも追掛けた、その時から、行方知れず。 五日目のおなじ晩方に、骨ばかりの凧を提げて、やっぱり鳥居際にぼんやりと立っていた。天狗に攫われたという事・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ そして、子供らは、毎日、水の面を見上げて、花の散る日をたのしみにして待っていました。ひとり、母親だけは、子供らが自分のいましめをきかないのを心配していました。「どうか、花を私の知らぬまに食べてくれぬといいけれど。」と、独り言をして・・・ 小川未明 「赤い魚と子供」
・・・ けれど、すみれは、ついにその鳥の姿を見ずして、いつしか散る日がきたのであります。そのとき、ちょうどかたわらに生えていた、ぼけの花が咲きかけていました。ぼけの花は、すみれが独り言をしてさびしく散ってゆく、はかない影を見たのであります。・・・ 小川未明 「いろいろな花」
・・・一つは雑誌であると、百貨店へ行ったように他へ気が散るからであります。 しかし、雑誌は、決して、軽んぜらるべきものではない。雑誌の価値は、古くなればなる程出て来るものです。この点に於て、書物と対蹠的の感じがします。 この理由は、個・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・ 蟹田なる鍛冶の夜業の火花闇に散る前を行過ぎんとして立ちどまり、日暮のころ紀州この前を通らざりしかと問えば、気つかざりしと槌持てる若者の一人答えて訝しげなる顔す。こは夜業を妨げぬと笑面作りつ、また急ぎゆけり。右は畑、左は堤の上を一列に老・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・ 頭のもが/\は、濃くなって、ぼんやりして来るかと思うと、また雲が散るように晴れて透き通って来たりした。彼はとりとめもないことを、想像していた。想像は、一とたび浮び上って来ると、彼をぐい/\引きつけて行った。それは、彼の意志でどうするこ・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・たゞ、それらの文学と深い関係のある、或る意味ではその先覚者と目される正岡子規の、日清戦争に従軍した際の句に、行かばわれ筆の花散る処までいくさかな、われもいでたつ花に剣秋風の韓山敵の影もなし 等があるばかりである。・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・果実をむすばんがためには、花はよろこんで散るのである。その児の生育のためには、母はたのしんでその心血をしぼるのである。年少の者が、かくして自己のために死に抗するのも自然である。長じて、種のために生をかろんずるにいたるのも、自然である。これは・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
出典:青空文庫