・・・この男は、よわい既に不惑を越え、文名やや高く、可憐無邪気の恋物語をも創り、市井婦女子をうっとりさせて、汚れない清潔の性格のように思われている様子でありますが、内心はなかなか、そんなものではなかったのです。初老に近い男の、好色の念の熾烈さに就・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・「太宰様、その後、とんとごぶさた。文名、日、一日と御隆盛、要らぬお世辞と言われても、少々くらいの御叱正には、おどろきませぬ。さきごろは又、『めくら草紙』圧倒的にて、私、『もの思う葦』を毎月拝読いたし、厳格の修養の資とさせていただいて居り・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・というのでありまして、之を以てみても、私の文名たるや、それは尊敬の対象では無く、呆れられ笑われ、また極めて少数の情深い人たちからは、なぐさめられ、いたわられ、わずかに呼吸しているという性質のものであったという事がおわかりでございましょう。甚・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・今の此のむずかしい世の中に、何一つ積極的なお手伝いも出来ず、文名さえも一向に挙らず、十年一日の如く、ちびた下駄をはいて、阿佐ヶ谷を徘徊している。きょうはまた、念入りに、赤い着物などを召している。私は永遠に敗者なのかも知れない。「いくつに・・・ 太宰治 「服装に就いて」
出典:青空文庫