・・・廓へ近き畦道も、右か左か白妙に、この間に早瀬主税、お蔦とともに仮色使と行逢いつつ、登場。往来のなきを幸に、人目を忍び彳みて、仮色使の退場する時、早瀬お蔦と立留る。お蔦 貴方……貴方。・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・嵐を免れて港に入りし船のごとく、激つ早瀬の水が、僅かなる岩間の淀みに、余裕を示すがごとく、二人はここに一夕の余裕を得た。 余裕をもって満たされたる人は、想うにかえって余裕の趣味を解せぬのであろう。余裕なき境遇にある人が、僅かに余裕を発見・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・かれは意にもなく手近の小枝を折り、真紅の葉一つを摘みて流れに落とせば、早瀬これを浮かべて流れゆくをかれは静かにながめて次の橋の陰に隠るるを待つらんごとし。 この時青年の目に入りしはかれが立てる橋に程近き楓の木陰にうずくまりて物洗いいたる・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・ お里や早瀬の時には心づかなかったが、小町になって、少将が夜な夜な扉を叩く音が宛然、我身を責めるように「響く」と云うのを、宗之助は、高々と「シビク」と云った。無神経はよろこばしくない。〔一九二三年七月〕・・・ 宮本百合子 「気むずかしやの見物」
出典:青空文庫