・・・争はまだ永く続きそうでございますかな』と吉次が座興ならぬ口ぶり、軽く受けて続くとも続くともほんとの戦争はこれからなりと起ち上がり『また明日の新聞が楽しみだ、これで敗戦だと張り合いがないけれど我軍の景気がよいのだから同じ待つにも心持ちが違・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・と弁公景気よく言って、土間を探り、下駄を拾って渡した。 そこで文公はやっと宿を得て、二人の足のすそに丸くなった。親父も弁公も昼間の激しい労働で熟睡したが文公は熱と咳とで終夜苦しめられ、明け方近くなってやっと寝入った。 短夜の明けやす・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・子供が食えもしない紙を手にして失望しているのを見ると、与助は自分から景気づけた。「こんな紙やこしどうなりゃ!」「見てみい。きれいじゃろうが。……こゝにこら、お日さんが出てきよって、川の中に鶴が立って居るんじゃ。」彼は絵の説明をした。・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・「健やんが云よったが、今日び景気がえいせに高等商業を出たらえらい銭がとれるんじゃとい。」 彼等は、ランプの芯を下げて、灯を小さくやっとあたりが見分けられる位いにして仕事をした。それでも一升買ってきた石油はすぐなくなった。夜なべ最中に・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・そしてその高慢税は所得税などと違って、政府へ納められて盗賊役人だかも知れない役人の月給などになるのではなく、直に骨董屋さんへ廻って世間に流通するのであるから、手取早く世間の融通を助けて、いくらか景気をよくしているのである。野暮でない、洒落切・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・海上の船から山中の庵へ米苞が連続して空中を飛んで行ってしまったり、紫宸殿を御手製地震でゆらゆらとさせて月卿雲客を驚かしたりなんどしたというのは活動写真映画として実に面白いが、元亨釈書などに出て来る景気の好い訳は、大衆文芸ではない大衆宗教で、・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・「御隠居さん、まあこの景気を御覧なすって下さい」 とお三輪の側へ来て言って見せるのは金太郎だ。見ると、小砂利まじりの路の上を滑って来る重い音をさせて、食堂の前で自動車を横づけにする客なぞもあった。 新七はお力に手伝わ・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・教授がボオルドに問題を書きなぐっている間に、われの背後の大学生たちは、学問の話でなく、たいてい満州の景気の話を囁き合っているのである。ボオルドには、フランス語が五六行。教授は教壇の肘掛椅子にだらしなく坐り、さもさも不気嫌そうに言い放った。・・・ 太宰治 「逆行」
・・・私は死ぬる前夜まで、大いに景気のいい顔をしてはしゃいでいるつもりです。そうして、あくまでも小説だけを書いて行きます。しかし、まさか、戦争礼讃の小説などは書く気はしません。 たったこれだけの事ですが、あなたに知って置いていただきたいと思い・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・むしろバナナのほうは景気がいいが、書物のほうはさびしい。「二人行脚」の著者故日下部四郎太博士がまだ大学院学生で岩石の弾性を研究していたころのことである。一日氏の机上においてある紙片を見ると英語で座右の銘とでもいったような金言の類が数行書・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
出典:青空文庫