・・・訳もわからないで無暗に威張り散らすのが御役人だと思っていた。郵便局の雇や、税務署の受附などに、時おり権突を食わせられる度に、ますます厭になった。それから軍人も嫌であった。その頃始めて国の聨隊が出来て、兵隊や将校の姿が物珍しく、剣や勲章の目に・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・もし当局者が無暗に堰かなかったならば、数年前の日比谷焼打事件はなかったであろう。もし政府が神経質で依怙地になって社会主義者を堰かなかったならば、今度の事件も無かったであろう。しかしながら不幸にして皇后陛下は沼津に御出になり、物の役に立つべき・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・がら鼻下に髯を蓄えたる男子に女の自転車で稽古をしろとは情ない、まあ落ちても善いから当り前の奴でやってみようと抗議を申し込む、もし採用されなかったら丈夫玉砕瓦全を恥ずとか何とか珍汾漢の気きえんを吐こうと暗に下拵に黙っている、とそれならこれにし・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・ もう戸外はすっかり真っ暗になってしまった。此だだっ広い押しつぶしたような室は、いぶったランプのホヤのようだった。「いつ頃から君はここで、こんな風にしているの」私は努めて、平然としようと骨折りながら訊いた。彼女は今私が足下の方に踞っ・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・然るに本文の意を案ずるに、歌舞伎云々以下は、家の貧富などに論なく、唯婦人たる者は芝居見物相成らず、鳴物を聴くこと相成らず、年四十になるまでは宮寺の参詣も差控えよとて、厳しく婦人に禁じながら、暗に男子の方へは自由を与えたるものゝ如し。左れば人・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・例えば、政府の施政が気に喰わなんだり、親達の干渉をうるさがったり、無暗に自由々々と絶叫したり――まあすべての調子がこんな風であったから、無論官立の学校も虫が好かん。処へ、語学校が廃されて商業学校の語学部になる。それも僅かの間で、語学部もなく・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・しかしそこらにいた男どもがその若い馬士をからかう所を聞くと、お前は十銭のただもうけをしたというようにいうて、駄賃が高過ぎるという事を暗に諷していたらしかった。それから女主人は余に向いて蕨餅を食うかと尋ねるから、余は蕨餅は食わぬが茱萸はないか・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・ びっくりして振りむいてみますと、赤いトルコ帽をかぶり、鼠いろのへんなだぶだぶの着ものを着て、靴をはいた無暗にせいの高い眼のするどい画かきが、ぷんぷん怒って立っていました。「何というざまをしてあるくんだ。まるで這うようなあんばいだ。・・・ 宮沢賢治 「かしわばやしの夜」
・・・ トロツキーが暗にほのめかすように、ソヴェトは天才を生かさない場所なのか? そうではない。ブルガーコフは才能ある作家で、しかもその才能がまれにしかない諷刺的なものだということは、ソヴェト・プロレタリアートにとって、この上なく結構なのだ。・・・ 宮本百合子 「新たなプロレタリア文学」
・・・ 君自身がいまそれか、と暗に訊ねたつもりの梶の質問に、栖方は、ぱッと開く微笑で黙って答えただけだった。梶はまたすぐ、新武器のことについて訊きたい誘惑を感じたが、国家の秘密に栖方を誘いこみ、口を割らせて彼を危険にさらすことは、飽くまで避け・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫