・・・ 又 暴君を暴君と呼ぶことは危険だったのに違いない。が、今日は暴君以外に奴隷を奴隷と呼ぶこともやはり甚だ危険である。 悲劇 悲劇とはみずから羞ずる所業を敢てしなければならぬことである。この故に万人に共・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・同時に又奴隷に、暴君に、力のない利己主義者に変り出した。…… 前のホテルに帰ったのはもうかれこれ十時だった。ずっと長い途を歩いて来た僕は僕の部屋へ帰る力を失い、太い丸太の火を燃やした炉の前の椅子に腰をおろした。それから僕の計画していた長・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・ 或とき彼は、自分の顔を剃る理髪人が、「おれはあの暴君の喉へ毎朝髪剃りをあてるのだぞ。」と言って、人に威張ったという話をきき、すっかり気味をわるくしてその理髪人を死刑にしてしまいました。そして、それからというものは、もう理髪人をかか・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
・・・昨日のやさしき王は、一朝にしてロオマ史屈指の暴君たるの栄誉を担った。かつて叡智に輝やける眉間には、短剣で切り込まれたような無慙に深い立皺がきざまれ、細く小さい二つの眼には狐疑の焔が青く燃え、侍女たちのそよ風ほどの失笑にも、将卒たちの高すぎる・・・ 太宰治 「古典風」
・・・すでに、おそるべき暴君である。ついには家も断絶せられ、その身も監禁せられる。 たしか、そのような筋書であったと覚えているが、その殿様を僕は忘れる事が出来なかった。ときどき思い出しては、溜息をついたものだ。 けれども、このごろ、気味の・・・ 太宰治 「水仙」
・・・言え!」暴君ディオニスは静かに、けれども威厳を以て問いつめた。その王の顔は蒼白で、眉間の皺は、刻み込まれたように深かった。「市を暴君の手から救うのだ。」とメロスは悪びれずに答えた。「おまえがか?」王は、憫笑した。「仕方の無いやつじゃ・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・けれども、この小暴君は、詫びるという法を知らなかった。詫びるというのは、むしろ大いに卑怯な事だと思っていたようである。自分で失敗をやらかす度毎に、かえって、やたらに怒るのである。そうして、怒られる役は、いつでも節子だ。 或る日、勝治は、・・・ 太宰治 「花火」
・・・驚いて見ていると、この暴君はまもなくこの哀れな俘虜を釈放して、そうしてあたかも何事も起こらなかったように悠々とその固有の雌鳥の一メートル以内の領域に泳ぎついて行った。善良なるその妻もまたあたかもこの世の中に何事も起こらなかったかのように平静・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・氷海の無辜の住民たる白熊に対してはソビエト探険隊員は残虐なる暴君として血と生命との搾取者としてスクリーンの上に映写されるのである。 白熊がもしもチンパンジーであったら、この映画の観客に与える情緒は少しちがうであろう。チンパンジーの代わり・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・それは仲間に入れてもらえなかった人の怨恨によるともいわれ、またクロトンの市民等がピタゴラス一派の権勢があまり強すぎて暴君化することを恐れたためともいわれている。とにかくピタゴラスはにげ出して行くうちに運悪く豆畑に行き当った。そこでかれは、戒・・・ 寺田寅彦 「ピタゴラスと豆」
出典:青空文庫