・・・あの女神達は素足で野の花の香を踏んで行く朝風に目を覚し、野の蜜蜂と明るい熱い空気とに身の周囲を取り巻かれているのだ。自然はあれに使われて、あれが望からまた自然が湧く。疲れてもまた元に返る力の消長の中に暖かい幸福があるのだ。あれあれ、今黄金の・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・ 民法の上にさっそうたる朝風が吹きわたるとして、さて、私たちの毎日の実際で、当事者同士の意志は、そんな単純明朗であり得るだろうか。結婚は愛するものたちの「自由意志」に立つとして、その基本になるどっさりの社会条件は、誰の意志によって実現し・・・ 宮本百合子 「世界の寡婦」
・・・西日のさす側の枝から見事に紅葉しかけている楓が秋の朝風にすがすがしかった。 弁当を包んでいると、置時計を見た重吉が、俄に、「ひろ子、あの時計あっているかい」と云った。「あっていると思うわ」「ラジオかけて御覧」 丁度中・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・彼女の繍った小鳥なら吹く朝風にさっと舞い立って、瑠璃色の翼で野原を翔けそうです。彼女の繍った草ならば、布の上でも静かに育って、秋には赤い実でもこぼしそうです。 町では誰一人、お婆さんの繍とり上手を知らないものはありませんでした。また、誰・・・ 宮本百合子 「ようか月の晩」
・・・ 頭の上の菩提樹の古木の枝が、静かに朝風に戦いでいる。そして幾つともなく、小さい、冷たい花をフィンクの額に吹き落すのである。 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
出典:青空文庫