・・・生来の虚飾家、エラがり屋で百姓よりも町人よりも武家格式の長袖を志ざし、伊藤八兵衛のお庇で水府の士族の株を買って得意になって武家を気取っていた。が、幕府が瓦解し時勢が一変し、順風に帆を揚げたような伊藤の運勢が下り坂に向ったのを看取すると、天性・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 本所を引払って、高等学校の先きの庭の広いので有名な奥井という下宿屋の離れに転居した頃までは緑雨はマダ紳士の格式を落さないで相当な贅をいっていた。丁度上田万年博士が帰朝したてで、飛白の羽織に鳥打帽という書生風で度々遊びに来ていた。緑雨は・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・古くからの寺田屋などは、格式もあって、いいそうです。」「そうです。格式のある家でなければ、だめです。寺田屋へ行けばよかった。」 女中さんは、なぜだか、ひどく笑った。声をたてずに、うつむいて肩に波打たせて笑っているのである。私も、意味・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・ はなはだ拙劣でしかも連句の格式を全然無視したものではあるがただエキスペリメントの一つとして試みにここに若干の駄句を連ねてみる。草を吹く風の果てなり雲の峰 娘十八向日葵の宿死んで行く人の片頬に残る笑 秋の実りは豊・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・上記のシバテンはまた夜釣りの人の魚籠の中味を盗むこともあるので、とにかく天使とはだいぶ格式が違うが、しかし山野の間に人間の形をした非人間がいて、それが人間に相撲をいどむという考えだけは一致している。 自分たちの少年時代にはもう文明の光に・・・ 寺田寅彦 「相撲」
・・・古今集の誹諧哥が何ゆえに誹諧であるか、誹諧の連歌が正常の連歌とどう違うか。格式に拘泥しない自由な行き方の誹諧であるのか、機知頓才を弄するのが滑稽であるのか、あるいは有心無心の無心がそうであるのか、なかなか容易には捕捉し難いように見える。しか・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・道太は離れの二階を見上げながら言ったが、格式ばかりに拘泥っているこの廓も、年々寂れていて、この家なぞはことにもぱっとしない方らしかった。「どこか静かで気楽なところをと思っているんだけれどね、ここならめったにお客もあがらないし、いいかもし・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・この小さな日本を六十幾つに劃って、ちょっと隣へ往くにも関所があり、税関があり、人間と人間の間には階級があり格式があり分限があり、法度でしばって、習慣で固めて、いやしくも新しいものは皆禁制、新しい事をするものは皆謀叛人であった時代を想像して御・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・その頃裏田圃が見えて、そして刎橋のあった娼家で、中米楼についでやや格式のあったものは、わたくしの記憶する所では京二の松大黒と、京一の稲弁との二軒だけで、その他は皆小格子であった。『今戸心中』が明治文壇の傑作として永く記憶せられているのは・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・恰も倹約の幸便に格式りきみをするがごとくにして、綿服の者は常に不平を抱き、到底倹約の永久したることなし。 また今を去ること三十余年、固め番とて非役の徒士に城門の番を命じたることあり。この門番は旧来足軽の職分たりしを、要路の者の考に、足軽・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
出典:青空文庫