もりたかんや【森田勘弥/守田勘弥】
《もと森田、11世から守田》森田座(守田座)の座元および歌舞伎俳優。 (12世)[1846〜1897]守田座を新富町に移して新富座と改称、演劇改革に取り組み、歌舞伎の地位向上に貢献。 (13世)[1885〜1932]12世の三男。和事 (わごと) を得意とした。大正3年(1914)文芸座を創立、新しい演劇運動にも功績を残した。 (14世)[1907〜1975]13世の甥。和事系の二枚目を本領とした。
もりたざ【森田座/守田座】
歌舞伎劇場。江戸三座の一。万治3年(1660)森田太郎兵衛が木挽町に創設。以後、代々の森田勘弥が座元を務め、安政3年(1856)守田座と改めた。明治5年(1872)猿若町から新富町に移転し、同8年に新富座と改称。
もりたしけん【森田思軒】
[1861〜1897]翻訳家・新聞記者。岡山の生まれ。本名、文蔵。報知新聞に入社。ベルヌの「十五少年」、ユゴーの「探偵ユーベル」などを翻訳・紹介。
出典:青空文庫
・・・かえって来ると、もう森田さん、鈴木さん、安倍さん、などが、かんか・・・ 芥川竜之介「葬儀記」
・・・横に拡がるというのは森田先生の金言で、文章は横に拡がらねばならぬ・・・ 泉鏡花「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・黒岩涙香、森田思軒などの、飜訳物をも、好んで読む。どこから手に入・・・ 太宰治「愛と美について」
出典:gooニュース
「うたまさ」吉田唄菜、森田真沙也組が初V「やっとこのメダルを手にできた」 初の世界選手権代表を確実に アイスダンス
金メダルを首にかけた吉田は「自たちの手にすることができてうれしい」と笑みを浮かべ、森田は「アイスダンスという競技を始めて、日本で1位のチームになるということを達成できたので、素直にうれしい」と喜びを語った。
「うたまさ」吉田唄菜、森田真沙也組が初V 初の世界選手権代表 「あずしん」田中梓沙、西山真瑚組が2位
◆フィギュアスケート ▽世界選手権代表選考会 全日本選手権 最終日(22日、大阪・東和薬品ラクタブドーム) アイスダンスはリズムダンス(RD)1位の「うたまさ」こと吉田唄菜、森田真沙也組(木下アカデミー)がフリーダンス(FD)104・37点、合計176・21点で初優勝。初の世界選手権代表を確実にした。
【フィギュア】「うたまさ」吉田唄菜、森田真沙也組初V「素直にうれしい」世界選手権出場が確実
初出場が確実となった世界選手権へ向けて、吉田は「自分たちの存在感をどれだけアピールできるか、点数を出せるか、目標をチームで話し合ってしっかり準備したい」と視線を向け、森田も「自分たちのパッションが伝わるような演技をどの舞台でもしたい」と意気込んだ。
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