・・・といって極度の不安状態にも陥らず、何だか悟ったような悟らないような、若いのか年寄りなのか解らぬような曖眛な表情でキョロキョロ青春時代を送って来たんですよ。まア、一種のデカダンスですね。あんた達はとにかく思想に情熱を持っていたが、僕ら現在二十・・・ 織田作之助 「世相」
・・・私は藤沢さんを訪ねるとか、手紙を出すかして、共に悲哀を分とうと思ったが、仕事にさまたげられたのと、極度の疲労状態のため、果せなかった。莫迦みたいに一人蒲団にもぐり込んで、ぼんやり武田さんのことを考えていた。特徴のある武田さんの笑い声を耳の奥・・・ 織田作之助 「武田麟太郎追悼」
・・・このようにして懲罰ということ以外に何もしらない動物を、極度に感情を押し殺したわずかの身体の運動で立ち去らせるということは、わけのわからないその相手をほとんど懐疑に陥れることによって諦めさすというような切羽つまった方法を意味していた。しかしそ・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・未練窓の戸開けて今鳴るは一時かと仰ぎ視ればお月さまいつでも空とぼけてまんまるなり 脆いと申せば女ほど脆いはござらぬ女を説くは知力金力権力腕力この四つを除けて他に求むべき道はござらねど権力腕力は拙い極度、成るが早いは金力と申す条まず積って・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・ 思わず、一言、私は批評めいた感懐を述べたくなるが、しかし、読者の鑑賞を、ただ一面に固定させる事を私は極度におそれる。何も言うまい。ゆっくり何度も繰りかえして読んで下さい。いい芸術とは、こんなものなのだから。 昭和二十二年、晩秋。・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・先生は極度にあわてて大将を引きとめ、「どうしたという事だ。話は、これからです。」「その話が、たいていわかったもんで、失礼しようと思ったのです。旦那、間が抜けて見えますぜ。」「手きびしい。まあ坐り給え。」「私には、ひまがないのです・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・ と冗談めかして言ってみましたが、何だかそれも夫への皮肉みたいに響いて、かえってへんに白々しくなり、私の苦しさも極度に達して来た時、突然、お隣りのラジオがフランスの国歌をはじめまして、夫はそれに耳を傾け、「ああ、そうか、きょうは巴里・・・ 太宰治 「おさん」
・・・ 彼の理論、ことに重力に関する新しい理論の実験的証左は、それがいずれも極めて機微なものであるだけにまだ極度まで完全に確定されたとは云われないかもしれない。しかし万一将来の実験や観測の結果が、彼の現在の理論に多少でも不利なような事があった・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ とにかく、これでもかこれでもかと眼新しい趣向を凝らして人性の自然を極度に歪曲したものばかり見せられている際に、たまたまこういう人間らしい平凡な情味をもった童話的なものに出会うと清々しい救われたような気持がするから妙である。 ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
・・・機械文化の頂点を示すべき映画の中で、一人の職工は有り余っているべき動力の洪水の中にいながら、最も原始的なその筋肉エネルギーを極度に消費して大きなダイアルの針を回し、そうして、疲れ切って倒れ、そのために大破壊が起こったりする。あの魯鈍な機械に・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫