・・・ その翌る日からの私の生活は、今までとはまるで違って、浮々した楽しいものになりました。さっそく電髪屋に行って、髪の手入れも致しましたし、お化粧品も取りそろえまして、着物を縫い直したり、また、おかみさんから新しい白足袋を二足もいただき、こ・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・との間に、この楽しい球技の戦いが挿入されている。そうして球技場の眩しい日照の下に、人知れず悩む思いを秘めた白衣のヒロインの姿が描出されるのである。 つまらない事ではあるが、拘留された俘虜達が脱走を企てて地下に隧道を掘っている場面がある、・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
・・・われわれが生存の最も楽しい時間を知るのは寝床である。寝床は神聖だ。地上の最も楽しく最も好いものとして敬い尊び愛さねばならぬものだ。それ故私は旅館の寝床の毛布を引捲る時にはいつも嫌悪の情に身を顫わす。ここで昨夜は誰れが何をした。どんな不潔・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・浅草公園の隅のベンチが、老いて零落した彼にとっての、平和な楽しい休息所だった。或る麗らかな天気の日に、秋の高い青空を眺めながら、遠い昔の夢を思い出した。その夢の記憶の中で、彼は支那人と賭博をしていた。支那人はみんな兵隊だった。どれも辮髪を背・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・――斯ういう風に実例を眼前に見て、苦しいとか、楽しいとか云う事は、人によって大変違う。例えば私が苦しいと思う事も、其女は何とも思わんかも知らん。それはまア浅薄で何とも思わないんだが、浅薄でなくてしかも何とも思わん人もある。それは誰かと云うに・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・本当にあの時は楽しい時でございました事。わたくし今だから打明けて申しますが、あの時が私の一生で一番楽しい時でございましたの。あの時の事をまだ覚えていらっしゃって。あなたのいらっしゃる時とお帰りになる時とにあなたが子供でいらっしゃった時からの・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・毎日毎日歓迎を受けるのは楽しい者であるか苦しい者であるか余にはわからぬが時としてはうるさい事もあるであろう。けれども一日の旅行を終りて草臥れ直しの晩酌に美酒佳肴山の如く、あるいは赤襟赤裾の人さえも交りてもてなされるのは満更悪い事もあるまい。・・・ 正岡子規 「徒歩旅行を読む」
・・・野原を行ったり来たりひとりごとを言ったり、笑ったりさまざまの楽しいことを考えているうちに、もうお日様が砕けた鏡のように樺の木の向こうに落ちましたので、ホモイも急いでおうちに帰りました。 兎のおとうさまももう帰っていて、その晩は様々のご馳・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・ですから理想などというものは、実現されるまでのその間が楽しいものであって、充されてしまったら存外つまらぬものかもしれません。けれどもどんな人にも慾望や理想はいくらかずつは持っていましょうし、またそこに人生の面白味があるのではないでしょうか。・・・ 宮本百合子 「愛と平和を理想とする人間生活」
・・・氏がこの道の上をさらに遠く高く進んで行かれる事は、我々の楽しい期待の一つである。 真道黎明氏の『春日山』は川端氏の画と同じく写実の試みであって、さらに多くの感情を現わし得たものである。柔らかい若葉の豊かな湧き上がるような感触は、――ただ・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
出典:青空文庫