・・・法師はくたびれて居てどうもしようがなかったのをたすけられてこの上もなくよろこび心をおちつけて油単の包をあらためて肩にかけながら、「私は越前福井の者でござりまするが先年二人の親に死に別れてしまったのでこの様な姿になりましたけれ共それがもうよっ・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・その時女は、私は夫に死に別れ、叔母の所に預けてある九歳になる娘に養育費を送るために、こういう商売をしているのだと言いましたので、非常に気の毒に思いました。十日程たって今度は娘が死んで東京に帰るとの話でしたので、私は一層同情しました。女が上京・・・ 織田作之助 「世相」
・・・子もなく夫にも死に別れたその女にはどことなく諦らめた静けさがあって、そんな関係が生じたあとでも別に前と変わらない冷淡さもしくは親切さで彼を遇していた。生島には自分の愛情のなさを彼女に偽る必要など少しもなかった。彼が「小母さん」を呼んで寝床を・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・そして吉田が病院へ来て以来最もしみじみした印象をうけていたものはこの付添婦という寂しい女達の群れのことであって、それらの人達はみな単なる生活の必要というだけではなしに、夫に死に別れたとか年が寄って養い手がないとか、どこかにそうした人生の不幸・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・両親に早く死に別れて、たった二人の姉弟ですから、互いに力にしていたのが、今では別れ別れになって、生き死にさえわからんようになりました。それに、わたしも近いうち朝鮮につれて行かれるのだから、もうこの世で会うことができるかできないかわかりません・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
・・・ そういう袖子の父さんは鰥で、中年で連れ合いに死に別れた人にあるように、男の手一つでどうにかこうにか袖子たちを大きくしてきた。この父さんは、金之助さんを人形扱いにする袖子のことを笑えなかった。なぜかなら、そういう袖子が、実は父さんの人形・・・ 島崎藤村 「伸び支度」
・・・三つの時、母に死に別れた自分は、林町の母に対して、真実我が母に再会するような期待、愛の希望を以て戻った。処が事実はどうだろう。彼女は、何から何までを批評的に見られる。決して打ち解けない。而も、自分にとっては、真に真に思いも設けない絶交まで申・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
・・・夫に死に別れた時、戸主となるものは自分の息子であるか或は養子であるか、いずれにせよ、その時婦人は相続者の支配の下に置かれる立場になっている。徳川時代女は三界に家なしといわれた。それは、果敢ない女の一生の姿として今日考えられている。けれども、・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫