・・・となおも苛めにかかったが、近所の体裁もあったから、そのくらいにして、戸を開けるなり、「おばはん、せせ殺生やぜ」と顔をしかめて突っ立っている柳吉を引きずり込んだ。無理に二階へ押し上げると、柳吉は天井へ頭を打っつけた。「痛ア!」も糞もあるもんか・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・「兄貴殺生やぜ」 と、亀吉はなぐられた頬を押えながら、豹吉に言った。「何が殺生や……?」「そうかテお前、折角掏ったもんを、返しに行け――テ、そンナン無茶やぜ」「おい、亀公、お前良心ないのンか」 豹吉は豹吉らしくな・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・んと冬吉がその客筋へからまり天か命か家を俊雄に預けて熱海へ出向いたる留守を幸いの優曇華、機乗ずべしとそっと小露へエジソン氏の労を煩わせば姉さんにしかられまするは初手の口青皇令を司どれば厭でも開く鉢の梅殺生禁断の制礼がかえって漁者の惑いを募ら・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・僕は、あの、サタンではないのか。殺生石。毒きのこ。まさか、吉田御殿とは言わない。だって、僕は、男だもの。」「どうだか。」Kは、きつい顔をする。「Kは、僕を憎んでいる。僕の八方美人を憎んでいる。ああ、わかった。Kは、僕の強さを信じてい・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・これは甚だ殺生であるからいけない。 同じような立場から云うと、基礎の怪しい会社などを始めから火葬にしないでおいたためにおしまいに多数の株主に破産をさせるような事になる。これも殺生な事であると云わなければならない事になる。 こんな話の・・・ 寺田寅彦 「マルコポロから」
・・・ 須利耶さまがお従弟さまに仰っしゃるには、お前もさような慰みの殺生を、もういい加減やめたらどうだと、斯うでございました。 ところが従弟の方が、まるですげなく、やめられないと、ご返事です。(お前はずいぶんむごいやつだ、お前の傷めた・・・ 宮沢賢治 「雁の童子」
・・・「きまってらあ、殺生石だってそうだそうだよ。」「きっと鳥はくちばしを引かれるんだね。」「そうさ。くちばしならきっと磁石にかかるよ。」「楊の木に磁石があるのだろうか。」「磁石だ。」 風がどうっとやって来ました。するとい・・・ 宮沢賢治 「鳥をとるやなぎ」
・・・「この位風があれば殺生石も大丈夫だろう。一つ見て来よう」「お総さん、見ずじまいになっちゃうわ」「いいさ、我まま云って来ないんだもの、来たけりゃ一人で来ればいい」 なほ子は先に立って、先刻大神楽をやっていた店の前から、細いだら・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
・・・佐野さんは親が坊さんにすると云って、例の殺生石の伝説で名高い、源翁禅師を開基としている安穏寺に預けて置くと、お蝶が見初めて、いろいろにして近附いて、最初は容易に聴かなかったのを納得させた。婿を嫌ったのは、佐野さんがあるからの事であった。安穏・・・ 森鴎外 「心中」
・・・「もう殺生だけはやめて下さいよ。この子が生れたら、おやめになると、あれほど固く仰言ったのに、それにまた――」 母が父と争うのは父が猟に出かけるときだけで、その間に坐っていた私はあるとき、「喧嘩もうやめて。」 と云うと、急に父・・・ 横光利一 「洋灯」
出典:青空文庫