・・・それから間もなく光君の泣いて居るらしい気合(がするのでさっきの事でよけいに思いがましたのだろうと思って若い女達は「お可哀そうに」と重なり合って泣いて居ると、「世の中に私ほどはかない事をたよりに生きて居る人はないだろう。私はもうじき死んで・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・やがて寝床の裡で人の身動く気合(がして、かるい、力弱い、せきばらいが静かな裡に骸骨踊りの足音の様に響く。第二の若僧 お目覚になった――帳をか(ける。やつれた、情ない姿の法王が半身を起して現れる。老僧はその姿をまじまじ・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・その気合いは父にも通じていた。それにしても、その互の心持はまことに、こうもあるものか。おどろきの深い心持がある。このおどろきの感情が脈々と私を歓喜に似た感情へ動かしたのであるが、今年の二月・三月は春になってからの大雪で、私が生活していた場所・・・ 宮本百合子 「わが父」
・・・ちょうど東京で高等官連中が紅療治や気合術に依頼するのと同じことである。 閭は小女を呼んで、汲みたての水を鉢に入れて来いと命じた。水が来た。僧はそれを受け取って、胸に捧げて、じっと閭を見つめた。清浄な水でもよければ、不潔な水でもいい、湯で・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
・・・大阪城の巨石のごときは何百人何千人の力を一つの気合いに合わせなくては一尺を動かすこともできなかったであろう。それでもまだどうして動かせたか見当のつかないほどの巨石がある。そういう巨石を数多くあの丘の上まで運んで来るためには、どれほどの人力を・・・ 和辻哲郎 「城」
・・・そこでこの三人の間の気合いの合致が何よりも重大な契機になる。人形が生きて動いている時には、同時にこの三人の使い手の働きが有機的な一つの働きとして進展している。見る目には三人の使い手の体の運動があたかも巧妙な踊りのごとくに隙間なく統一されてな・・・ 和辻哲郎 「文楽座の人形芝居」
出典:青空文庫