・・・「その舌だと思ったのが、咽喉へつかえて気絶をしたんだ。……舌だと思ったのが、糠袋。」 とまた、ぺろりと見せた。「厭だ、小母さん。」「大丈夫、私がついているんだもの。」「そうじゃない。……小母さん、僕もね、あすこで、きれい・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・厳しゅうて笛吹は眇、女どもは片耳殺ぐか、鼻を削るか、蹇、跛どころかの――軽うて、気絶……やがて、息を吹返さすかの。」「えい、神職様。馬蛤の穴にかくれた小さなものを虐げました。うってがえしに、あの、ご覧じ、石段下を一杯に倒れた血みどろの大・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・魔とも、妖怪変化とも、もしこれが通魔なら、あの火をしめす宮奴が気絶をしないで堪えるものか。で、般若は一挺の斧を提げ、天狗は注連結いたる半弓に矢を取添え、狐は腰に一口の太刀を佩く。 中に荒縄の太いので、笈摺めかいて、灯した角行燈を荷ったの・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・すと、お腹の裡で、動くのが、動くばかりでなくなって、もそもそと這うような、ものをいうような、ぐっぐっ、と巨きな鼻が息をするような、その鼻が舐めるような、舌を出すような、蒼黄色い顔――畜生――牡丹の根で気絶して、生死も知らないでいたうちの事が・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・「だってさ、何だってまた、たかがなかの可いお朋達ぐらいで、お前様、五年ぶりで逢ったって、六年ぶりで逢ったって、顔を見ると気が遠くなって、気絶するなんて、人がありますか。千ちゃん、何だってそういうじゃアありませんか。御新造様のお話しでは、・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・これに一堪りもなく気絶せり。猿の変化ならんとありしと覚ゆ。山男の類なりや。 またこれも何の書なりしや忘れたり。疾き流れの谿河を隔てて、大いなる巌洞あり。水の瀬激しければ、此方の岸より渡りゆくもの絶えてなし。一日里のもの通りがかりに、その・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・随分大胆なのが、親子とも気絶しました。鮟鱇坊主と、……唯今でも、気味の悪い、幽霊の浜風にうわさをしますが、何の化ものとも分りません。―― といった場処で。――しかし、昨年――今度の漂流物は、そんな可厭らしいものではないので。……青竹の中・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・あくる朝、花は目をさましますと、美しかったこちょうは、傷ついたまま冷たくなって葉の上に気絶をしていたのです。花はもどかしがりながら、早く太陽が照らすのを待っていました。そのうちに、風が吹くと、ちょうの体は、深いがけの下に転がり落ちてしまいま・・・ 小川未明 「小さな赤い花」
・・・と、その小説の挿絵が、呀という間に、例の死霊が善光寺に詣る絵と変って、その途端、女房はキャッと叫んだ、見るとその黒髪を彼方へ引張られる様なので、女房は右の手を差伸して、自分の髪を抑えたが、その儘其処へ気絶して仆れた。見ると右の手の親指がキュ・・・ 小山内薫 「因果」
・・・バルザックの逞しいあらくれの手を忘れ、こそこそと小河で手をみそいでばかりいて皮膚の弱くなる潔癖は、立小便すべからずの立札にも似て、百七十一も変名を持ったスタンダールなどが現れたら、気絶してしまうほどの弱い心臓を持ちながら、冷水摩擦で赤くした・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
出典:青空文庫