・・・これは結婚前後が最も甚しく、一時は私とさえほとんど語を交えないほど、憂鬱になった事もございましたが、近年は発作も極めて稀になり、気象も以前に比べれば、余程快活になって参りました。所が、昨年の秋からまた精神に何か動揺が起ったらしく、この頃では・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・戦の街を幾度もくぐったらしい、日に焼けて男性的なオッタヴィアナの顔は、飽く事なき功名心と、強い意志と、生一本な気象とで、固い輪郭を描いていた。そしてその上を貴族的な誇りが包んでいた。今まで誰れの前にも弱味を見せなかったらしいその顔が、恨みを・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ とまあ思っちゃあ見たものの、千ちゃん、常々の御気象が、そんなんじゃあおあんなさらない……でしょう。 可愛い児とおっしゃるから、何ぞ尼寺でお気に入った、かなりやでもお見付け遊ばしたのかしらなんと思ってさ、うかがって驚いたのは、千ちゃ・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・七左 その気象! その気象!撫子。出迎えんとして、ちょっと髷に手を遣り、台所へ下らんとするおりくの手を無理に取って、並んで出迎う。撫子 お帰り遊ばせ。村越 お客様に途中で逢ったよ。撫子 (一度あげたる顔を、黙って・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・「そうだろうな、あの気象でも、極りどころは整然としている。嫁入前の若い娘に、余り聞かせる事じゃないから。 ――さて、問題の提灯だ。成程、その人に、切籠燈のかわりに供えると、思ったのはもっともだ。が、そんな、実は、しおらしいとか、心入・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ この寛闊な気象は富有な旦那の時代が去って浅草生活をするようになってからも失せないで、画はやはり風流として楽んでいた、画を売って糊口する考は少しもなかった。椿岳の個性を発揮した泥画の如きは売るための画としてはとても考え及ばないものである・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・と書棚の中から気象学会や地震学会の報告書を出して見せた。こういうものまでも一と通りは眼を通さなければ気が済まなかったらしい。が、権威的の学術書なら別段不思議はないが、或る時俗謡か何かの咄が出た時、書庫から『魯文珍報』や『親釜集』の合本を出し・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・「いったいこの男はどうしたのだろう、五年見ない間に全然気象まで変って了った」 驚き給うな源因がある。第一、日記という者書いたことのない自分がこうやって、こまめに筆を走らして、どうでもよい自分のような男の身の上に有ったことや、有ることを、・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・勇猛心というよりか、敢為の気象といったほうがよかろう。すなわち一転すれば冒険心となり、再転すれば山気となるのである。現に彼の父は山気のために失敗し、彼の兄は冒険のために死んだ。けれども正作は西国立志編のお蔭で、この気象に訓練を加え、堅実なる・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・それは時に山の気象で以て何かの形が見えることもあるものでありますが、とにかく今のさきまで生きておった一行の者が亡くなって、そうしてその後へ持って来て四人が皆そういう十字架を見た、それも一人二人に見えたのでなく、四人に見えたのでした。山にはよ・・・ 幸田露伴 「幻談」
出典:青空文庫