・・・ 姫は、赤地錦の帯脇に、おなじ袋の緒をしめて、守刀と見参らせたは、あらず、一管の玉の笛を、すっとぬいて、丹花の唇、斜めに氷柱を含んで、涼しく、気高く、歌口を―― 木菟が、ぽう、と鳴く。 社の格子が颯と開くと、白兎が一羽、太鼓を、・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・由ならず、足の運びも重いばかり、光った靴の爪尖と、杖の端の輝く銀とを心すともなく直視めながら、一歩進み二歩行く内、にわかに颯と暗くなって、風が身に染むので心着けば、樹蔭なる崖の腹から二頭の竜の、二条の氷柱を吐く末が百筋に乱れて、どッと池へ灌・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ばしゃんばしゃん、氷柱のように水が刎ねる、小児たちは続けさまに石を打った。この騒ぎに、植木屋も三人ばかり、ずッと来て、泳ぐ、泳ぐ、泳ぐ、泳ぐ……と感に堪えて見ている。 見事なものです。実際巧に泳ぐ。が、およそ中流の処を乗切れない。向って・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・ これを聞くより老媼はぞっと心臓まで寒くなりて、全体氷柱に化したる如く、いと哀れなる声を発して、「命ばかりはお助けあれ。」とがたがた震えていたりける。 四 さるほどに蝦蟇法師はあくまで老媼の胆を奪いて、「コヤ・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・ それに僕は例の熱心なるアーメンでしょうクリスマス万歳の仲間でしょう、クリスマスと来るとどうしても雪がイヤという程降って、軒から棒のような氷柱が下っていないと嘘のようでしてねエ。だから僕は北海道の冬というよりか冬則ち北海道という感が有ったの・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・白鬚まじりの鬚に氷柱をさがらした老人だった。 税関吏と、国境警戒兵は、そのころになると、毎年、一番骨が折れた。一番油断がならなかった。黒河からやってくる者たちは、何物も持たず、何物をも求めず、ただプロレタリアートの国の集団農場や、突撃隊・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・剣のように北側の軒から垂下る長い光った氷柱を眺めて、漸の思で夫婦は復た年を越した。 更に寒い日が来た。北側の屋根や庭に降った雪は凍って、連日溶くべき気色もない。氷柱は二尺、三尺に及ぶ。お島が炉辺へ行って子供に牛乳をくれようとすると、時に・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・軒に垂れる剣のような氷柱の長さは二尺にも三尺にも及んだ。長い寒い夜なぞは凍み裂ける部屋の柱の音を聞きながら、唯もう穴に隠れる虫のようにちいさくなって居た。 この「冬」が私には先入主になってしまった。私はあの山の上で七度も「冬」を迎えた。・・・ 島崎藤村 「三人の訪問者」
・・・父の最後の病床にその枕もと近く氷柱を置いて扇風器がかけてあった。寒暖計は九十余度を越して忘れ難い暑い日であった。丑女はその氷柱をのせたトタン張りの箱の中にとけてたまった水を小皿でしゃくっては飲んでいた。そんなものを飲んではいけないと言って制・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
・・・大きな柏の木は枝も埋まるくらい立派な透きとおった氷柱を下げて重そうに身体を曲げて居りました。「堅雪かんこ、凍み雪しんこ。狐の子ぁ、嫁ほしい、ほしい。」と二人は森へ向いて高く叫びました。 しばらくしいんとしましたので二人はも一度叫ぼう・・・ 宮沢賢治 「雪渡り」
出典:青空文庫