・・・立ち上って、三つのコップになみなみとビイルを注いだ。決然たる態度であった。「乾杯だ! 熊本も立て。喜びのための一ぱいのビイルは罪悪で無い。悲しみ、苦悩を消すための杯は、恥じよ!」「では、ほんの一ぱいだけ。」熊本君は、佐伯の急激に高揚した・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・る者の最後に試みる牽制の武器にして、かの宇治川先陣、佐々木の囁きに徴してもその間の事情明々白々なり、いかにも汝は卑怯未練の老婆なり、殊にもわが親愛なる学生諸君を不良とは何事、義憤制すべからず、いまこそ決然立つべき時なり、たとい一日たりとも我・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・さればいかなる場合にも、わたくしは、有島、芥川の二氏の如く決然自殺をするような熱情家ではあるまい。数年来わたくしは宿痾に苦しめられて筆硯を廃することもたびたびである。そして疾病と老耄とはかえって人生の苦を救う方便だと思っている。自殺の勇断な・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・而もわれわれが猛烈に、決然と、婦人大衆を低く繋ぐ反動文化と戦闘を開始しないことは、とりもなおさず日本におけるプロレタリア文化運動全体を、その重要な一部で同じように低く、重く、敵の杭につなぎとめて置くということになるのだ。 われわれの・・・ 宮本百合子 「国際無産婦人デーに際して」
・・・総てから決然たる決定が奪われます。積極が逃げて仕舞います。 そして田野に円舞して、笑いさざめき歌を歌う生命の活気もなければ、専念に思考を練って穿ちに穿って行く強度も無く、表情が、力の欠乏に生気を失って居ると全く同様の状態が内奥の魂にまで・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・当時、それは、直ちに、お前が結婚などをしたのは間違って居ると云う意味に通用したので、自分は、寧ろ決然として其に反抗した。 結婚こそ、自分に大切なのだ。心の中で、あらゆる異性に向って動揺するものがすっかり鎮り、落付くだろう。無自覚でするコ・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
・・・彼女は、決然とそれに対し、男が父親であるとともに自由に邪魔されず仕事を持ち続ける通り女性も母であると同時に家庭生活に煩わされず自分の仕事を継続し得るべきものと云う理想の為に、再起したのでした。 彼女は自分を来るべき女性の時代に先立つ一人・・・ 宮本百合子 「「母の膝の上に」(紹介並短評)」
・・・マリアは決然として書いている。「私は自分を束縛するあらゆる不利益を排して何物かになった一人の女のあることを、社会に知らせる一例を示したいと思っている。」 激しく出るようになった咳と聾になる恐怖との間で、二十歳のマリアはサロンへはじめてコ・・・ 宮本百合子 「マリア・バシュキルツェフの日記」
・・・綾小路は生温い香茶をぐっと飲んで、決然と言い放った。 秀麿は顔を蹙めた。「それは僕も言わずにいる。しかし君は画だけかいて、言わずにいられようが、僕は言う為めに学問をしたのだ。考えずには無論いられない。考えてそれを真直ぐに言わずにいるには・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・我々のなすべき第一の事は、決然として生の充実、完全、美の内に生きて行こうとする努力である。四 我々はもういくらかの人生を見て来た、意欲して来た、戦って来た。その体験は今我々の現在の人格の内に渦巻きあるいは交響している。我々の・・・ 和辻哲郎 「創作の心理について」
出典:青空文庫