・・・野暮でない、洒落切った税というもので、いやいや出す税や、督促を食った末に女房の帯を質屋へたたき込んで出す税とは訳が違う金なのだから、同じ税でも所得税なぞは、道成寺ではないが、かねに恨が数ござる、思えばこのかね恨めしやの税で、こっちの高慢税の・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・今度東京へ出て来て直次の養母などに逢って見ると、あの年をとっても髪のかたちを気にするようなおばあさんまでが恐ろしい洒落者に見えた。皆、化物だと、おげんは考えた。熊吉の義理ある甥で、おげんから言えば一番目の弟の娘の旦那にあたる人が逢いに来てく・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・そして話の調子を変えて、「そう言えば、仏蘭西の言葉というものは妙なところに洒落を含んでますネ」 と言って、二三の連がった言葉を巧みに発音して聞かせた。「私も一つ、先生のお弟子入をしましょうかネ」と高瀬が言った。「え、すこし御・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・真っ白い長い顎髯は、豆腐屋の爺さんには洒落すぎたものである。「おかしかしかし樫の葉は白い。今の娘の歯は白い」 お仙は若い者がいるので得意になって歌っている。家について曲ると、「青木さんよう」と、呼び止める。人並よりよほど広い額に・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ ともうひとりの客は、げびた洒落を言いました。「名馬も、雌は半値だそうです」 と私は、お酒のお燗をつけながら、負けずに、げびた受けこたえを致しますと、「けんそんするなよ。これから日本は、馬でも犬でも、男女同権だってさ」と一ば・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・ その夜おそく、私は嫁を連れて新宿発の汽車で帰る事になったのだが、私はその時、洒落や冗談でなく、懐中に二円くらいしか持っていなかったのだ。お金というものは、無い時には、まるで無いものだ。まさかの時には私は、あの二十円の結納金の半分をかえ・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・中には内で十分腹案をして置いて、この席で「洒落」の広めをする人がある。それをも聞き漏さない。そんな時心から笑う。それで定連に可哀がられている。こう云う社会では「話を受ける」人物もいなくてはならないのである。 こんな風で何年か立った。・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・衆生を済度する仏がホトケであるのは偶然の洒落である。 ラテンで「あるいはAあるいはB」という場合に alius A, alius B とか、alias A, alias B とか、また vel A, vel B という。alius ・・・ 寺田寅彦 「言葉の不思議」
・・・ 芭蕉去って後の俳諧は狭隘な個性の反撥力によって四散した。洒落風からは始めて連歌の概念を授けられ、太田水穂氏の「芭蕉俳諧の根本問題」からは多くの示唆を得た。幸田露伴氏の七部集諸抄や、阿部小宮その他諸学者共著の芭蕉俳諧研究のシリーズも有益・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・そして栄華の昔には洒落半分の理想であった芸に身を助けられる哀れな境遇に落ちたのであろう。その昔、芝居茶屋の混雑、お浚いの座敷の緋毛氈、祭礼の万燈花笠に酔ったその眼は永久に光を失ったばかりに、かえって浅間しい電車や電線や薄ッぺらな西洋づくりを・・・ 永井荷風 「深川の唄」
出典:青空文庫