･･･広く寒い港内にはどこからともなく流氷が集ってきて、何日も何日も、船も動かず波も立たぬ日があった。私は生れて初めて酒を飲んだ。 ついに、あの生活の根調のあからさまに露出した北方植民地の人情は、はなはだしく私の弱い心を傷づけた。 四百ト･･･ 石川啄木 「弓町より」
･･･たとえば流氷のようなものでも舷側で押しくずされるぐあいや、海馬が穴から顔をだす様子などから、その氷塊の堅さや重さや厚さなどが、ほとんど感覚的に直観される。雪原の割れ目などでも、橇で乗り越して行く時にくずれるさまなどから、その割れ目の状況や雪･･･ 寺田寅彦 「映画雑感（１［＃「１」はローマ数字、1-13-21］）」
･･･ 果てもない氷海を張りつめた流氷のモザイクの一片に乗っかって親子連れの白熊が不思議そうにこっちをながめている。おそらく生まれて始めて汽船というものに出会って、そうしてその上にうごめく人影を奇妙な鳥類だとでも思ってまじまじとながめているの･･･ 寺田寅彦 「空想日録」
･･･彼はいつの間にか陸から切り離された、流氷の上にいるように感じた。 深谷は何をするのだろう？ そんなにセコチャンと親密ではなかった。同性愛などとは思いもよらない仲であった。ほとんど一度も口さえ利いたことはなかった！ 軟らかい墓土はそば･･･ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
出典：青空文庫
