・・・ そして熱いのを口で吹いて、嬉しそうな宗吉に、浦里の話をした。 お千は、それよりも美しく、雪はなけれど、ちらちらと散る花の、小庭の湿地の、石炭殻につもる可哀さ、痛々しさ。 時次郎でない、頬被したのが、黒塀の外からヌッと覗く。・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・それでも、都会離れたこの浦里などでは、暗いさびしい貴船神社の森影で、この何百年前の祖先から土の底まで根をおろした年中行事がひそやかに行なわれていた。なんの罪もない日本民族の魂が警察の目を避けて過去の亡霊のように踊っていたのである。それがこの・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・ 小春治兵衛の情事を語るに最も適したものは大阪の浄瑠璃である。浦里時次郎の艶事を伝うるに最適したものは江戸の浄瑠璃である。マスカニの歌劇は必伊太利亜語を以て為されなければなるまい。 然らば当今の女子、その身には窓掛に見るような染模様・・・ 永井荷風 「十日の菊」
出典:青空文庫