・・・すなわち公議輿論の一変したるものなれば、この際にあたりて徳教の働ももとより消滅するに非ずといえども、おのずから輿論に適するがために、大いにその装を改めざるをえざるの時節なり。たとえば在昔は、君臣の団結、国中三百所に相分れたる者が、今は一団の・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・日本の文学は源平以後地に墜ちてまた振わず、ほとんど消滅し尽せる際に当って芭蕉が俳句において美を発揮し、消極的の半面を開きたるは彼が非凡の才識あるを証するに足る。しかもその非凡の才識も積極的美の半面はこれを開くに及ばずして逝きぬ。けだし天は俳・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・きっとあんまり仕事がつらくて消滅してしまったのでしょう。さてネネムは決心しました。それからよるもひるも栗の木の湯気とばけものパンと見えない網と紳士と昆布と、これだけを相手にして実に十年というものこの仕事をつづけました。これらの対手の中でもパ・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・ちょうど人間が胎児であったとき、その成長の過程で、ごく初期の胎生細胞はだんだん消滅して、すべて新しい細胞となって健康な赤ん坊として生れてくる。けれどももし何かの自然の間違いで、胎生細胞がいくつか新しくなりきらないで、人間のからだの中にのこっ・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・その事あるを今日から思いまたもう遠い遠い過ぎた日からその事あるを思って、私の体はよし消滅しても私の思想ばかりは不朽に生をうけ得る様に日々務めて、尊い不朽の生を得る事の出来るだけの思想を築こうとして居るのである。 私の年頃、十代で若しくは・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・ 私には、たとい良人の形体は地上から消滅しても、彼の全部は、皆、彼との結婚後更生した自己の裡に、確に、間違いなく生きているのだ、という全我的の信仰、安住も持ち得ないのです。 現在、私の心を満し、霊魂を輝やかせ、生活意識をより強大にし・・・ 宮本百合子 「偶感一語」
・・・ これまで云いもしなかった社会部面について書くと、作家ABCは消滅して、啓蒙パンフレット屋がかく通りの用語、表現で作家が書きはじめるということは、過渡期のあらわれとしても、現代文学の明日への真実な成長のために、考えさせるところが少くない・・・ 宮本百合子 「今日の文学の諸相」
・・・ この時ツァウォツキイが昔持っていて、浄火の中に十六年いたうちに、ほとんど消滅した、あらゆる悪い性質が忽然今一度かっと燃え立った。人を怨み世を怨む抑鬱不平の念が潮のように涌いて来た。 今娘が戸の握りを握って、永遠に別れて帰ろうとする・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・感覚のみにその重心を傾けた文学は今に滅びるにちがいない。認識活動の本態は感覚ではないからだ。だが、認識活動の触発する質料は感覚である。感覚の消滅したがごとき認識活動はその自らなる力なき形式的法則性故に、忽ち文学活動に於ては圧倒されるにちがい・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・散歩のついでにそれを取って来て庭に植えたこともあるが、それはいつのまにか消滅してしまった。杉苔を育てるのはむずかしいと承知しているから、二度とは試みなかった。ところが五、六年前、非常に雨の多かった年に、中庭の一部に一面に杉苔が芽を出した。秋・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫