・・・その背景の前に時たま現れる鳥影か何ぞのように、琴や琵琶の絃音が投げ込まれる。そして花片の散り落ちるように、また漏刻の時を刻むように羯鼓の音が点々を打って行くのである。 ここが聞きどころつかまえどころと思われるような曲折は素人の私には分ら・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・若楓柚の花や善き酒蔵す塀の内耳目肺腸こゝに玉巻く芭蕉庵採蓴をうたふ彦根の夫かな鬼貫や新酒の中の貧に処す月天心貧しき町を通りけり秋風や酒肆に詩うたふ漁者樵者雁鳴くや舟に魚焼く琵琶湖上のごときこの例なり。され・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 九時過、提燈の明りで椎の葉と吊橋を照し宿に帰ると、昼間人のいなかった傍部屋で琵琶の音がする。つるつるな板の間でそれを聴いていた女中がひとりでに声を小さく、「おかいんなさいまし」と、消した提燈を受取った。〔一九二七年一月〕・・・ 宮本百合子 「山峡新春」
・・・詩は歌謡との結びつきで、文学の形態としても一番集団の感情、意志表示に便宜であり、その性質から実に端的に率直に、詩の社会的性格や詩の背後にある集団の表情、身振りが現れて来ている。琵琶歌は昔の支那の詩形によっているものであるが、今日、それは勇壮・・・ 宮本百合子 「ペンクラブのパリ大会」
・・・隴西の李白、襄陽の杜甫が出て、天下の能事を尽した後に太原の白居易が踵いで起って、古今の人情を曲尽し、長恨歌や琵琶行は戸ごとに誦んぜられた。白居易の亡くなった宣宗の大中元年に、玄機はまだ五歳の女児であったが、ひどく怜悧で、白居易は勿論、それと・・・ 森鴎外 「魚玄機」
出典:青空文庫