・・・ 近ごろある人に聞く、福井より三里山越にて、杉谷という村は、山もて囲まれたる湿地にて、菅の産地なり。この村の何某、秋の末つ方、夕暮の事なるが、落葉を拾いに裏山に上り、岨道を俯向いて掻込みいると、フト目の前に太く大なる脚、向脛のあたりスク・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・それの産地だというカリフォルニヤが想像に上って来る。漢文で習った「売柑者之言」の中に書いてあった「鼻を撲つ」という言葉が断れぎれに浮かんで来る。そしてふかぶかと胸一杯に匂やかな空気を吸い込めば、ついぞ胸一杯に呼吸したことのなかった私の身体や・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・こゝで、大資本家の団体が、ある原料産地や、市場を独占していたならば、それは非常に強いし利潤も多い。そこで「国際資本団体は夢中になって、敵手から一切の競争能力を奪わんと腐心し、鉄鉱又は油田等を買収せんと努力している。而して、敵手との闘争に於け・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・山梨県は、もともと甲斐犬の産地として知られているようであるが、街頭で見かける犬の姿は、けっしてそんな純血種のものではない。赤いムク犬が最も多い。採るところなきあさはかな駄犬ばかりである。もとより私は畜犬に対しては含むところがあり、また友人の・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・しかし実は産地の旱魃のためであった。近ごろの新聞には、亭主が豆腐を一人で食ってしまって自分に食わせないという理由で自殺した女房のことが伝えられた。まさかこれほどではないまでも歴史の中にはこれに類するものが存外にたくさんあるであろうと想像され・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・それぞれのエキスパートが品物の産地を言い当てるように、この男にはやはり特別な眼識が備わっているのかと思われた。そう言われるとなるほどなんとなく小石川らしくも思われない事はなかった。 田端へ着くともういよいよ日が入りかけた。夕日に染められ・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・石炭でも石油でも鉄でも出るには相応に出ても世界で著名なこれらのものの産地の産額に匹敵するものはないであろう。日本が鎖国として自給自足に甘んじているうちはとにかく世界の強国として乗り出そうとする場合に、この事実が深刻な影響を国是の上に及ぼして・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
河豚 どんな下手が釣っても、すぐにかかる魚は河豚とドンコである。 河豚が魚の王で、下関がその産地であることは有名だが、別に下関付近でとれるためではない。下関が集散地になっているだけで、河豚は瀬戸内海はもちろん、玄海灘でも、ど・・・ 火野葦平 「ゲテ魚好き」
・・・帝政ロシアの権力が武力で、絹、皮革の産地チフリース、石油のバクー市を掌握するための近路として拵えたものなのだ。 近東の少数民族の大衆は、灼けつく太陽の熱や半年もつづく長い冬の中で原始的な手工業、地方病と、封建的地主、親方の二重の搾取の下・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェト同盟の文化的飛躍」
・・・「女の産地」等の小説を発表し、両者の間に見られる様々の矛盾によって、プロレタリア文学者へのいくつかの警告となったのであった。 能動精神の提唱から派生した以上のような諸問題が、夥しい作家、評論家によって活溌に、然し堂々めぐりの形をもって論・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
出典:青空文庫