・・・しかして一種形容すべからざる面色にて、愁然として立ちたるこそ、病者の夫の伯爵なれ。 室内のこの人々に瞻られ、室外のあのかたがたに憂慮われて、塵をも数うべく、明るくして、しかもなんとなくすさまじく侵すべからざるごとき観あるところの外科室の・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・ お貞は聞きて興覚顔なり。 時彦の語気は落着けり。「疾く死ねば可いと思うておって、なぜそんな真似をするんだな。」 と声に笑いを含めて謂えり。お貞はほとんど狂せんとせり。 病者はなおも和かに、「何、そう驚くにゃ及ばない・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・ ――手をかえ、品をかえ、丹造が広告材料に使った各種の売名行為のなかで、これだけはいくらか世のためになったといえるのがあるとすれば、貧病者への無料施薬がそれであろう。しかし、それとて真に慈善の意志から出たものか、どうかは、疑わしい。・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・これまで自分の考えたようないろいろの心配などは畢竟誇大妄想病者の空中に描く幻影のようなものかもしれない。しかしはたしてそうであれば、現在行なわれているいろいろの宣伝がもう少しちがった色彩を帯びてもいいわけではあるまいか。 電車の中で・・・ 寺田寅彦 「神田を散歩して」
・・・が二、そうして十首のおのおのにいろいろな形で病者の感慨が詠み込まれている。これは共通な感じを糸にしていろいろの景物を貫ぬいた念珠のような形式である。 以上は連作というものの初期の作例であるが、その後の発達の歴史がどうであったか自分はまだ・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・政治の気風が学問に伝染してなお広く他の部分に波及するときは、人間万事、政党をもって敵味方を作り、商売工業も政党中に籠絡せられて、はなはだしきは医学士が病者を診察するにも、寺僧または会席の主人が人に座を貸すにも、政派の敵味方を問うの奇観を呈す・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・人民は、被虐病者ではない筈である。 真面目な若い一人の特攻隊長が、自身の責任と人民の不幸とに刺戟されて、社会的解毒剤たる共産党に入党したという記事があった。若き率直さをほむべきかな。「選挙対策」に腐心して、一歩一歩人民の真の必要から離れ・・・ 宮本百合子 「女の手帖」
・・・肺結核にかかった主人公、女主人公たちは、こんにちの闘病者たちには信じられない非科学性で病気そのものにまけてゆき、やがて、社会の偏見にいためつけられきって、命をおとしている。 トーマス・マンの「魔の山」は、スウィスの豪奢な療養所内の男女患・・・ 宮本百合子 「『健康会議』創作選評」
・・・いわゆるかすとり小説の影響がどんなにひどいかということは、さきごろ国立癩療養所の病者によってつくられた作品集をよんでも、まざまざと感じられた。これらの不幸な人々は、自身の不幸についてさえまともな人生問題、社会問題として正面からとりくむ態度を・・・ 宮本百合子 「現代文学の広場」
出典:青空文庫