・・・確かにわれわれが倫理的な問いを持つにいたった痛切な原因にはこの時と処と人とによってモラールが異なるところに発する不安と当惑とがあるのである。 これに対してリップスはいう。一つの比論をとれば、物理的真理において、真理そのものを万物の真相は・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・予言者には宇宙の真理とひとつになったという宗教的霊覚がなければならぬのは勿論であるが、さらに特に己れの生きている時代相への痛切な関心と、鋭邁な批判と、燃ゆるが如き本能的な熱愛とをもっていなければならない。普通妥当の真理への忠実公正というだけ・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・悲劇になる、痛切な、身を以て苦るしんだ、そのことを喜劇として表現し、諷刺文学として表現して、始めて、価値がある。殊に、モリエールの晩年の「タルチーフ」や、「厭人家」などは、喜劇と云っていゝか、悲劇と云っていゝか分らないものだ。それだけに、打・・・ 黒島伝治 「愛読した本と作家から」
・・・ということを、佐左木俊郎を見る時、痛切に感じるのである。 ――「成程今までの我々の農民文学は、日本農業の特殊性をさながらの姿で写しとった。それは、農林省の『本邦農業要覧』にあらわれた数字よりも、もっと正確に日本農民の生活を描きだしていた・・・ 黒島伝治 「農民文学の問題」
・・・通訳は、前よりも、もっと痛切な声で叫んだ。「倒れました。倒れました。倒れて夢中で手と頭を振っとります。」「三人やられたね。――一人は将校だ。脚をやられたらしい。」「どうして司令官は、こんなことをやらせるんです! 悲惨です! 悲惨です・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・虚偽を去り矯飾を忘れて、痛切に自家の現状を見よ、見て而してこれを真摯に告白せよ。この以上適当な題言は今の世にないのでないか。この意味で今は懺悔の時代である。あるいは人間は永久にわたって懺悔の時代以上に超越するを得ないものかも知れぬ。 以・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・と、地団駄踏んで、その遺言書に記してあったようだが、私も、いまは、その痛切な嘆きには一も二も無く共鳴したい。たかが熊本君ごときに、酒を飲む人の話は、信用できませんからね、と憫笑を以て言われても、私には、すぐに撥ね返す言葉が無い。冷水摩擦を毎・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・自分の体がこの世の中になくなるということが痛切に悲しいのだ。かれの胸にはこれまで幾度も祖国を思うの念が燃えた。海上の甲板で、軍歌を歌った時には悲壮の念が全身に充ち渡った。敵の軍艦が突然出てきて、一砲弾のために沈められて、海底の藻屑となっても・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・そう思ってみると、一年に一回ずつ特別な日を設けて、それを理由などかまわずとにもかくにもめでたい日ときめてしまって強いてめでたがり、そうしてそのたびに発生するいろいろな迷惑をいっそう痛切に受難することにもなかなか深い意義があるような気がしてく・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・幸いに近年は農林省方面でも海洋観測の必要を痛切に認識して系統的な調査もようやくその緒に就いたようで、誠に喜ばしい次第である。 ともかくも、こういう大切な観測事業をその日暮しその年暮しになりやすい恐れのある官僚政治の管下から完全に救出して・・・ 寺田寅彦 「新春偶語」
出典:青空文庫