・・・『今戸心中』はその発表せられたころ、世の噂によると、京町二丁目の中米楼にあった情死を材料にしたものだという。しかし中米楼は重に茶屋受の客を迎えていたのに、『今戸心中』の叙事には引手茶屋のことが見えていない。その頃裏田圃が見えて、そして刎・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・と深くも考えずに浮気の不平だけを発表して相手の気色を窺う。向うが少しでも同意したら、すぐ不平の後陣を繰り出すつもりである。「なるほど真理はその辺にあるかも知れん。下宿を続けている僕と、新たに一戸を構えた君とは自から立脚地が違うからな」と・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・久しい間、我々は漢文をそのままに読み、多くの学者は漢文書き下しによって、否、漢文そのものによって自己の思想を発表して来た。それは一面に純なる生きた日本語の発展を妨げたともいい得るであろう。しかし一面には我々の国語の自在性というものを考えるこ・・・ 西田幾多郎 「国語の自在性」
四十年来の暑さだ、と、中央気象台では発表した。四十年に一度の暑さの中を政界の巨星連が右往左往した。 スペインや、イタリーでは、ナポレオンの方を向いて、政界が退進した。 赤石山の、てっぺんへ、寝台へ寝たまま持ち上げら・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・本著発表の由縁を知るに足るべきを以て茲に附記することゝせり。 明治三十二年九月時事新報記者 識 福沢先生の女学論発表の次第 時事新報の紙上に順次掲載しつゝある福沢先生の女大学評論は、昨日にて既に第五回・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・なぜならいままでは塩水選をしないでやっと反当二石そこそこしかとっていなかったのを今度はあちこちの農事試験場の発表のように一割の二斗ずつの増収としても一町一反では二石二斗になるのだ。みんなにもほんとうにいいということが判るようになったら、・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・大本営発表のほとんどすべてがうそであったとわかった八月十五日からあとしばらくは、さすがの某誌も沈黙した。さっそく話をかえて読者にまみえるには、うそへの協力があまりにあらわだった。 トルーマン再選にからんで、これだけのことをくりかえすこと・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・「とうとう恐ろしい連中の事が発表になっちまったね。」 木村に言ったわけでもないらしいが、犬塚の顔が差し当り木村の方に向いているので、木村は箸を輟めて、「無政府主義者ですか」と云った。 木村の左に据わっている、山田というおとなしい・・・ 森鴎外 「食堂」
・・・五 その翌日、ナポレオンは何者の反対をも切り抜けて露西亜遠征の決行を発表した。この現象は、丁度彼がその前夜、彼自身の平民の腹の田虫をハプスブルグの娘に見せた失敗を、再び一時も早く取り返そうとしているかのように敏活であった。殊・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
今度岡倉一雄氏の編輯で『岡倉天心全集』が出始めた。第一巻は英文で発表せられた『東洋の理想』及び『日本の覚醒』の訳文を載せている。第二巻は『東洋に対する鑑識の性質と価値』その他の諸篇、第三巻は『茶の書』を含むはずであるという。岡倉先生の・・・ 和辻哲郎 「岡倉先生の思い出」
出典:青空文庫