・・・しかも、思わず瞠若してしまうくらいの美しいひとであった。「きょうは、弟を連れて来ました。」 と彼は私を、細君に引き合した。「あら。」 と小さく叫んで、素早くエプロンをはずし、私の斜め前に膝をついた。 私は、私の名前を言っ・・・ 太宰治 「女神」
・・・会の陰処に独り醜を恣にするにあらざれば同類一場の交際を開き、豪遊と名づけ愉快と称し、沈湎冒色勝手次第に飛揚して得々たるも、不幸にして君子の耳目に触るるときは、疵持つ身の忽ち萎縮して顔色を失い、人の後に瞠若として卑屈慚愧の状を呈すること、日光・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・その労作の面で課せられる仕事の実質は、大の男を瞠若たらしめるだけのものなのである。科学主義工業の提唱者は、おおうところなく明言している。例外なしに、農村の子女に適当な機械と設備とをあてがえば熟練の大衆化によって、数日にして「大の男の熟練工と・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・俊子の生涯の活動ぶり、情熱の中心は、自分というものが身にもっている容色と才智との全部を男と平等なあるいは男を瞠若たらしめる女として表現してゆこうとする意欲に熱烈で、その面には徹底的であったらしいけれども、当時のおくれた無智におかれている同性・・・ 宮本百合子 「女性の歴史の七十四年」
・・・ 今日の日本の諸風俗のありようというものは、つい先頃までは風俗描写の小説をもってリアリズムの文豪と称した一部の作家たちをも瞠若たらしめる紛糾ぶりである。その紛糾も、社会生活の諸要素が、ゆたかな雨とゆたかな日光とにぬくめられて、一時にその・・・ 宮本百合子 「風俗の感受性」
出典:青空文庫